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英語からもらった自信と希望 IQ70以下だった息子が
英検準2級に合格
英語がつないだ
コミュニケーション
~今、夢に向かって~

発達障がいの息子の夢は「英語の先生」
17歳の今、夢に向かって努力を続けています。

京都・四条烏丸校 児童発達支援管理責任者
京都・四条烏丸校 児童発達支援管理責任者
英語には、世界を変える力があります。息子の世界は英語で変わりました。 普通の学校に通うのは無理、仕事にも就けるか分からない。 幼い頃にそう診断された息子は今、自分の夢を見つけその夢に向かって努力を続けています。 英語が息子のコミュニケーションを助け、外に広がる大きな世界へ連れて行ってくれました。 英語とともに成長した息子の17年間、その道のりをお話しします。
(みらいジュニア四条烏丸校・児童発達管理責任者)

「お母さん、この子には人並の生活は無理ですよ」と言われて

よちよち歩きの赤ちゃん 息子が3歳の時についた診断名は精神発達遅滞・言語発達遅滞。 IQは70以下で、医師から“普通の生活”を望むのは難しいだろうと言われました。 養護学校(当時)に行くしかない、仕事もできるか分からないよと。 私は結婚前に保育士の仕事をしており、自閉症のお子さんを担当したこともありました。 障がいに関する知識がいくらかあったため、息子がちょっと違うことには気づいてはいましたが、 診断名と検査結果をつきつけられた時はさすがにショックを受けました。 ですが気持ちを切り替えて、今できることをやっていこう。 息子が興味を持つことをどんどん伸ばそう。 そういう思いで今まで子育てをしてきました

雪深い冬の日に、英語と出会った

電車が大好きだった幼少期
電車が大好きだった幼少期。電車グッズに囲まれています(笑)
まずは環境を変えてみようと支援を受けられる場所に引っ越し、 親子教室や母子通園センターなどに通って療育を始めました。 雪が深くて冬の間は外出も難しい環境だったので、室内でビデオをよく見せていました。 すると電車に興味を持ったようで熱心にじーっと見ていましたね。 初めて出た言葉は、「ママ」でも「マンマ」でもなく「あずさ」(特急電車の名前)でした(笑)。 電車の型番や特急の名前はよく記憶していましたね。
二語文(例:ママが来た、など)が出たのは2歳半。 3歳になって知っている単語が増えても、言葉をつないで文章にすることができませんでした。 自分の要求をうまく伝えられず、癇癪やパニックを起こすことも。「イヤ」「違う」という意思表示ができなかったんです。親子でもコミュニケーションが取りづらい状況でした。

ある時、英語の番組を見ていた息子がひとりでなにかブツブツと言っているんです。 耳をすませたら「How are you」とつぶやいていた。私がとっさに「I’m fine」と返すと、息子はとても驚いた顔をしていました。 テレビの英会話と同じように答えが返ってきたからだと思います。この人(私)に話しかけたら楽しいかも?という気づきがあったようです。
それからは一緒にEテレの番組を見ているときに、内容が分からなかったら私の袖を引っ張ったり顔を見たりと意思表示をするようになりました。 息子が英語に興味を示していたので、「それはappleだよ」というように、英単語を織り交ぜながら会話をすることを始めてみました。 3歳くらいのときですね。そうしていくうちに言葉が増えてやり取りが成り立つようになり、会話を少しずつ長く続けられるようになっていきました

日本語で伝わらないことを英語で補う

つみきで遊ぶ子ども あいまいな概念を伝えるときにも、英語表現が役に立ちました。 日常生活で私たちは「ちょっと」「普通は」などのあいまいな言い回しをよく使いますが、息子には理解が難しい。 これも息子の特性のひとつです。「ケーキをちょっとちょうだい」「そのおもちゃ、ちょっと貸して」のちょっと。長さなのか量なのか大きさなのか、どの程度のことなのか分かりません。

ある日買い物に出るときに「ちょっと待っててね」と玄関で息子を待たせ、室内に財布を取りに入ろうとしました。 すると私が一歩息子から離れたところで「ウワーン!」とギャン泣き。 「玄関でちょっと待っててね」の「ちょっと」が、いったいどのくらいの長さなのか想像ができず、不安になって泣いてしまったんです。 ある時、息子が時計のおもちゃで遊んでいる姿を見て「これは使えるかも」とひらめき、「ちょっと待っててね。wait a minute」と言って時計の針をぐるっと回してみせたんです。 そしたら、時計の針1周分待てばいいんだなと理解ができて待つことができました。量を表す「ちょっと」は「big」「small」「little」で伝えるとうまく行きました。

またある時、電車の中で息子がおばあちゃんに「どうぞ」と席を譲ろうとしたことがありました。 その時おばあちゃんの返事は「いいよ、ありがとう」。この「いいよ」の意味が分からない。 おばあちゃんは受け入れてくれたの?断っているの?でも「ありがとう」とお礼を言っている。 定型発達のお子さんであれば、声のトーンやアクセント、表情などを見て「いいよ」の意味を察することができると思います。 でも息子は理解できなくてパニックになってしまいました。そこで許可の「いいよ」は「OK」、断るときの「いいよ」は「No, thank you」にしようと。 英語の助けを借りながら、過ごしずつ学習していきました。
こんなこともありました。大雪で外に遊びに行けない状況の時に、外に行きたい息子は泣きわめいていて、何度「ダメ」と伝えても耳に入らない。 そこで「No way!」(無理!)と言ってみたら「え?」とピタッと泣き止みました。自分の好きな英語の言葉だったので注意を引けたのだと思います。

こうして英語が、親子のコミュニケーションの大切なツールになっていきました。 発達障がいの子どもには理解が難しいあいまいな言葉を、英語に置き換えてはっきりと伝えることで理解の助けになる。 理解が深まるから、次もコミュニケーションを取ってみようという気持ちが芽生えるきっかけになる。 そう感じて、生活に少しずつ英語を取り入れ工夫して対応していこうと考えました。

ぼくは障がい児なの?周囲と違う自分に自信を失う

膝を抱える子ども 4歳の頃また引っ越しをして、療育センターに通い始めました。 ある時息子が「かあちゃん、ぼく障がい児なん?」と尋ねてきました。 「どうして?」と聞き返すと「ぼくはみんなみたいに上手にできないことがたくさんある。 上手にお話もできないし。だからセンターに行かなあかんのかな」と。 周囲の子と同じようにできないことで、すっかり自信を失っていました。 上手くできないことがプレッシャーになり、人と違う自分が周りから取り残されているような気持ちになってしまったのです。

ひらがなの練習に、アルファベットを使って

当時小学校入学前に自分の名前は書けるようにと、文字を書く練習をしていました。ひらがな・カタカナは読めるけれど、書けない。 できる・できないにこだわりが強い息子は、ひらがなはイヤだと絶対に書こうとしませんでした。 お手本を見てその通りに書くことがまず難しい。ひらがなドリルを買ってみても、文字をうまくなぞれない。 少しはみ出してしまうと「失敗した!」となって、それ以上書こうとしません。 息子にとってひらがなは画数が多くとてもややこしい形をしているものだったのです。
ガッツポーズする子ども
でもアルファベットは書けていて、本を見ながら単語も書いていました。ある日息子の書いた「W」の形が崩れて「ん」のように見えていました。 そこで「W」の2画目を短くしたら、ひらがなの「ん」になるよと教えてみたらうまく伝わったんです。 この方法で「の」は「Q」、「わ」は「R」と、アルファベットの形を利用して練習を重ね、少しずつひらがなが書けるようになっていきました。 どことなくアルファベットっぽいひらがなでしたけど (笑)。 ひらがなもアルファベットと同じなんだと、息子が自分から練習をするようになったのが大きな変化でした。 ひらがなが書けるようになると嬉しくなって、「Orange」の下に「みかん」と、英単語の下にひらがなを書くようになりました。 英語とひらがなをセットにしたら、こんなにうまく行くのだなあと嬉しい発見でしたね。 だんだんと書くことに慣れ、小学校入学後もなんとかノートをかける状態にはなりました。

また息子には、集中力が長く続かず人の話を最後まで聞けないという課題がありました。そこも英語の助けを借りて、改善することができました。 英語のアニメのDVDを見せ、「英語は文章の最後にyesterdayなどの単語が来るから、最後まで聞かないといつのことか分からないでしょ?日本語も最後まで聞かないと、お話の意味は分からない。先生のお話も、最後まで聞いたら分かるんだよ」 ということを伝えると納得したようで、少しずつ長く、人の話が聞けるようになっていきました

初めての成功体験、英語の力で友達ができた!

息子は小学校では特別支援級に在籍し、得意な科目は交流級(通常学級)で授業を受けていました。 常に交流級にいるわけではないので、特定の授業だけ交流級に行ってもお客様扱いで、同級生とうまく交わることができませんでした。 同級生も、息子と過ごす時間が限られているため、どうやって関わっていいのか分からず戸惑っており、なかなか距離が縮まりませんでした。

オーストラリアから英語の先生がやってきた

楽しかった英語の授業。黒板の前でバチリ
楽しかった英語の授業。黒板の前でバチリ
当時通っていた小学校は全校生徒120人、田舎の小さな小学校でした。 息子が5年生の時に英語教育のモデル校になり、オーストラリアからALTの先生が招聘されることになりました。 初めてやってきた外国人の先生を前にして戸惑う子どもたちの中で、1番良い発音で、1番物おじせずに先生に話しかけたのが息子だったそうです。 そこで「コイツすごいぞ」と周りの目が変わりました。 そして「英語を教えて」「どうやったらそんなに上手に話せるの?」と同級生がどんどん話しかけてきてくれるようになり、交流が生まれました。

自分が認められた自分にも得意なことがあるんだ好きなことで何かできることがあるんだと気づき、自分に「自信」を持つことができた初めての経験になったと思います。 これをきっかけに同級生との距離が縮まり、交流級でも楽しく過ごせるようになっていきました。 この時の、友達に認められて仲良くなったという経験が、現在に至るまで息子を支える自信となりました。 親である私も、もしかしたら英語を使って将来何か仕事ができるかも、と明るい兆しが見えたように感じていました。

二次試験は満点。中2で英検3級に合格

中学校に入学し、苦手な部分は支援学級で補うつもりでいましたが、結果的には通常学級だけで過ごせるまでに成長しました。
中学2年生の時に、突然息子が英検を受検してみたいと言い出しました。しかもいきなり3級(中学卒業程度のレベル)を。 緊張感のある静かな部屋で筆記試験を受けるなんてことができるんだろうか。 面接官と英語でフリートークなんてできるんだろうか。気がかりでしたが、本人は「英語が好きだから英語の勉強がしたい。英語のテストもやってみたい」といたって前向き。 やりたいんだったらやらせてみようと、チャレンジすることに。1人で電車に乗って受検しに行きました。1次試験は長文読解が難しく、ギリギリで合格。 2次試験はなんと満点評価で合格しました

英語だったら、間違っても恥ずかしくない

勉強する学生 息子曰く、日本語より英語でしゃべる方が楽しいと。 理由は日本語だったら、話しているときに相手に聞き返されたり、「ん?」という反応をされたりするのがすごくイヤだから。 こいつ何言ってんねん、と言われているみたいで辛かったのです。 英語だったら母国語じゃないし、間違っても許されるから気が楽だと。
中学校に入学すると今度は高校進学という壁が見えてきます。 できる・できないにこだわる息子が、合格・不合格のある受験という未知の世界に行けるのか、大きな不安を感じていました。 それが英検3級というテストに合格したことで、高校進学にも希望の光が見えてきました。 専門学校に行くか、高校に進学するか悩みましたが、やってみるかと受験することに決めました。 実技が苦手で公立高校に進むのは難しかったため、私立高校を受験し、合格することができました。

ぼくも行ってみたい!消極的だった息子が海外に飛び出す

走る青年 高校2年生の時に、高校の語学研修プログラムで2週間オーストラリアで過ごしました。 身辺整理もうまくできない息子が海外に行って、パスポートを失くしたりしないだろうか。 道に迷ったりしたらどうしよう。英語で助けを求めることができるのかしら?親は気を揉みましたが、本人の強い希望で送り出しました。
オーストラリアでは、バスや電車を乗り継いでホームステイ先から研修センターや現地の高校に通い、2週目には、地元の高校の授業を受けたりもしたそうです。
2週間後帰ってきて、「楽しかったお話できたからすごい楽しかった」と。 また海外に行きたいと言っています。オーストラリアドルもまだ残っていますし(笑)。

「freeze!」にも動じない強い心が育っていた

滞在中にハプニングもありまして、1週目に研修先のコミュニティセンターの近くを歩いていたら、映画みたいに警察官に「freeze!」ととり囲まれたそうです。 何ですか?と警察官に尋ねたら、「シドニーで起こった強盗事件の犯人に似ている」「パスポートを見せろ」と。 パスポートを見せると「何しに来たんだ」と聞かれたので学校の勉強で来ていると答えたそうです。 パスポートを見て犯人ではないことを確認して、警察官は「ごめんね、バイバイ」と去って行ったとか。 話を聞いて驚き、大丈夫だったの?と息子に聞くと「ほんまにfreezeって言うねん、向こうの警察」と笑っていました。 ハプニングも息子にとっては良い経験になり、楽しかったといえるくらの気持ちの強さがついたことに気づきました

英検準2級にも合格、夢に向かって

息子は現在高校3年生。相変わらず英語が好きでipadで洋楽をよく聴いています。耳が良いので、聴いたまま発音することができています。 耳で聴いた後で歌詞カードを見て単語を学び、つなげた単語の発音(リエゾン)も一緒に覚えていました。 これが良いトレーニングになり、発音とアクセントの力がぐっと伸びましたね。
洋画も見るようになり、「トランスフォーマー」を一緒に見に行ったのですが、息子は「字幕がない方がよかった」と。 英語のセリフをすべて理解できるわけではないのですが、映画の場面を見て会話を想像することに楽しさを見出すようになりました。

映画のセリフを日常会話に使ってみた

制服を着た学生 発達障がいの子どもたちは想像力に乏しいといわれているのですが、息子も想像することが苦手で、絵の課題を描くことができずに美術の提出期限を守れないことも度々ありました。 それが、洋画の色々な場面を見ながら「こういうことを言っているのかな」とセリフや会話を想像することによって、実生活でも「この人は今なにを考えているんだろう」と考えられるようになってきたんです。 「想像力」も英語のおかげで身についたもののひとつです
また、映画で聞いたセリフを自分で使ってみるようになりました。 友達と話すときに知っているセリフを使って返事をしてみたりと会話をつなげ、少しずつコミュニケーションが改善されてきました。 英語の勉強を続けていって、彼だけの世界から、広がった世界へと変わっていったと感じます。 英語とともに成長した17年間、英語は息子にとって欠かせないコミュニケーションツールでしたそして伝える楽しさと伝わる喜び、この2つがコミュニケーションを広げるためにはとても大切だと実感しました

笑い声があふれた2次試験。満点で合格

英語に触れたことで現在の息子があります。 本人がチャレンジしたいことは、させてあげたいと思っているので、英検準2級を受けたいと言ってきたときも難しいけどやってみよう!と応援しました。 準2級(高校中級程度)の長文読解は難しいのですが、知っている単語数が増えるとなんとか読み取ることができます。 2次試験のフリートークでは自分の考えを話さなくてはいけません。決まった例文は話せても、自分で考えて話すことは難しい。 家で練習をしておこうかと提案しましたが、息子が「練習したらそれしか頭に残らなくなって、本番で違うことを聞かれたとき答えられなくなるからいい」と。 ぶっつけ本番で臨みました。

リスニングで満点を取って1次試験はギリギリ合格2次試験は満点で合格し、「態度もよかった」という評価をいただきました。 一緒に行った同級生によると、面接会場から試験官と息子の笑い声が聞こえてきたらしいです。 面接官とも機嫌よく「じゃあまたね」と言って別れたそうで、楽しい経験になりました。 息子と合格通知を眺めながら「この子には日本語のあいまいさの方が難しいのかな」としみじみ思いました。

自分みたいな子どもたちに「大丈夫だよ」と言ってあげたい

勉強する学生 息子は今、英語を活かせる仕事に就きたいと大学進学を希望しています。目標は英語の先生になること。 理由は、自分が困ったときに上手に教えてくれた先生がいたから。 中学の時に、特別支援教育の知識がある先生が、息子のモチベーションを下げずに上手に授業をしてくれていました。 自分みたいな子が「ダメだ。できひん」と思っても「大丈夫」と言ってくれる先生がいたらすごく嬉しいと思うから、自分もそうなりたいと。
先生という仕事に就いてみたいと思うなら、それに関わる大学に行って、先生になれなくても英語を使えるような仕事につければいいなと思っています。 得意・不得意の幅が大きい子ですが、本人がやりたいならば応援したい。英語を通じて、息子の将来に関して、私もいろいろな希望を抱けるようになりました。

最初に「英語が好き・おもしろい」というところから始まり、会話が流ちょうにできるようになりました会話が通じたという楽しさ、試験に合格したという喜び、やったらできるかもしれないという自信それがもっと勉強したい、もっと楽しく海外の人たちとお話したいという息子の夢を生みました。 初めて発達検査を受けたときに、「この子の将来は期待しないでくださいね」と言われ、将来を案じ心配ばかりでしたが、 英語に触れることで今につながる力が伸び、見えていなかった力を発見することができました

親ができること、放課後等デイサービスができること

ため息をつく女性 障がい児の親は、常に悩んでいるのではないでしょうか。これからどうしよう。子どもに何をしてあげればいいのか。そして、いま持っている力を伸ばそう。 まだ隠れている力が見つかるんじゃないかと。保護者はみな子どもたちの将来を心配しています。じゃあどうやって? となると答えが見つかりません。健常児と同じようにはできない。習い事をさせたくても、発達障がい児を受け入れてくれるところや対応してくれるところは少ない。 パニックや癇癪を起したときに、他の子どもたちはどうするんですか?多動で立ち歩く子はずっと座っていられませんよね?と言われる。 保護者も、周りのお子さんに迷惑がかかるんじゃないか、他の保護者から白い目で見られるんじゃないかと周りの目が気になってしまう。

習い事をさせて将来につながる力をつけられるんじゃないかという期待があるが、不安の方が大きいんです。 習い事をさせたら今度は、周りの子どもたちと比較して焦ってしまう。子どものペースに合わせてゆっくりしてあげたい気持ちとの葛藤です。 子どもに寄り添おうという気持ちはあるけれど、周囲の子と差がついてくるとまた不安になる。 子どもの将来が気がかりで、ひとつでもできることを増やしてあげたいというのは共通の親心です。 いろいろな習い事を見学したけれど、子どもに合わせたペースで教えてもらえるところが見つからずあきらめてしまったケースもよく耳にします。

息子の場合は、小6の時に「泳ぎたい」と言うので水泳を習わせに行ったのですが、支援級の子だから責任が持てないと、幼稚園児用のプールに入れられてしまいました。 本人にやりたい気持ちがあっても、周りがそういう目で見てしまって適切な環境を与えられず、私も水泳は無理かなとあきらめていました。 その後、町民プールで体験レッスンがあったので参加させてみたら、とても楽しかったようで、そこから頑張って今は4泳法泳げるようになりました。 そんなこともあるので、保護者の方には「あきらめずに探していこうよ」と声をかけています。

子どもたちの可能性を、たくさん見つけたい

母と子 最近は放課後等デイサービスも増えましたが、英語は遊び程度で取り入れているところがほとんどです。 息子を育てているときは放課後デイもなかったので、自分一人で子どもを見ていました。 当時みらいジュニアのようなところがあれば利用したかったです。行かせていたら、息子のいろんな能力をもっと発見できていたんじゃないかと。 今も日本語の会話文が拙い時もあります。デイに通っていたら会話や「相手の気持ちを考える」という点でもっと成長できていたかもしれません。

たくさんの人の目の中で、色々な見方をできる人がいる場で子どもを見てもらうことで、その子が持つ可能性が見つかる確率を上げていきたいと考えています。
発達障がいのお子さんが英語に触れて、将来どんな能力がどんな形で表れるのかは分かりません。 ですが、そういう場を作れば、発達障がいの子どもたちも楽しめて、こんなことができるんだ・この子は耳がいいんだ・発音が上手なんだという発見があるかもしれない。 発達障がいの子どもたちの力を伸ばすためにも、成長を助けるためにも、放課後デイで英会話もできて、指導員やお友達とお話もできて、 という場がどんどん増えたら、私たち発達障がい児の親にとって、とてもありがたいことではないでしょうか

英語を通じて、息子の将来に関して、私もいろいろな希望を抱けるようになりました。有名大学に行ったり大企業で働いたりはできないかもしれないけれど、英語が好きで英語の入力はできる。 パソコンで英文レポートの作成はできるかもしれない。話を聞いて返すことも英会話であれば、なんとかうまくできる。その力を伸ばしたら通訳になれるかもしれない、などと。
色々な道が広がっています。発達障がいだからしょうがないではなく、発達障がいにしかできないことを見つけ、放課後等デイサービスで力を伸ばしていってほしいそれが私たちの願いです
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