連載コラム「大学で学べる学問を知ろう」— 持続可能な社会を考える教育をテーマに中澤先生に聞く

中澤教授

高校生にとって、大学でどのような研究・取り組みが行われているかを知ることは、進路選択の大きなヒントになります。連載コラム「大学で学べる学問を知ろう」では、各分野の専門家にインタビューを行い、学問・研究の魅力を探ります。

今回は歴史文化遺産を通じて持続可能な社会を考える教育(ESD)に取り組んでおられる奈良教育大学の中澤静男先生にお話を伺いました。

中澤先生は奈良公園の鹿や東大寺の1300年続く仕組みには、持続可能な社会を築くためのヒントが隠されているといいます。

では、持続可能な社会を学ぶことにどのような意味があるのか? そして、社会とつながる学びとはどのようなものなのか? 中澤先生のお話から、その糸口を探ります。

中澤先生の研究分野について

— まず、先生のご専門について教えていただけますか?

中澤先生:
私は「持続可能な社会の作り手を育てる教育」を研究しています。これはESD(Education for Sustainable Development)と呼ばれる分野ですね。多くの場合、ESDというと環境教育や防災教育が中心ですが、私は歴史文化遺産を通したESDに取り組んでいます。

奈良は歴史文化遺産の宝庫です。例えば、東大寺の大仏がありますよね。東大寺というお寺自体が、1300年前から受け継がれているんです。皆さんの家が100年以上続いていることはあまりないと思いますが、1300年間ずっとそこに存在し続けている。それは決して当たり前のことではないですよね。

ここに、持続可能な社会づくりのヒントがあるのではないかと考えて研究をしています。

ESD・SDGs研究のきっかけ

— 先生がESDやSDGsといった領域に関心を持たれたきっかけは何だったのでしょうか?

中澤先生:
2007年に、私の大学で世界遺産教育のシンポジウムが開催されたんです。その時、パリのユネスコ本部から博士が来られて講演をされました。そこで紹介されたのが「ボルガ川プロジェクト」という取り組みでした。

これは、ボルガ川沿いの国々の高校生たちが、まだメールも普及していなかった時代に、お互いに連絡を取り合いながら協力して活動するというものだったんです。その話を聞いて、「これからの教育はこれだ!」と強く思いました。

それから、当時はESDに関する本も少なかったのですが、ほぼ独学で学び始めました。そうしているうちに2015年にSDGsが発表され、世の中が一気にこの方向へ進んでいった。今ではどの学校でも取り組めるようになり、本当にありがたいなと感じています。

社会科教育からESDへの発展

— 先生はもともと、文化や歴史の分野がご専門だったのでしょうか?

中澤先生:
もともとは社会科教育を研究していました。社会科教育というのは、現代社会をどう捉えるかを考える学問ですね。私の大学は世界遺産の近くにあることもあり、世界遺産を活用した社会教育を研究していました。そこから発展して、歴史文化遺産を通したESDへとつながっていったんです。

— そもそも社会科教育に興味を持たれたきっかけは何だったのでしょうか?

中澤先生:
実は、さらにその前は、小学校の教員をしていたんですよ。その時に、社会科教育の基本は「問題解決型の学習」だと学びました。それに基づいて授業を作り、子どもたちに教えていたのですが、思ったような効果が出ないと感じたんです。

なぜうまくいかないのか? それを考えた時に、「そもそも子どもはどんな風に学ぶのか?」という視点が抜けていたことに気づきました。これまで「どう教えるか」ばかりを研究していたのですが、「子どもがどう学ぶのか」という研究がほとんどなかったんですね。

そこで、教育心理学や人間の脳の仕組みについて学び始めました。知識というのは、すでにあるものを受け取るのではなく、自分で作り上げていくものだと考えるようになり、そこから研究のテーマが広がっていきました。

今では、ESDにおいても同じ視点を持っています。特にESDでは、「価値観と行動の変革を促す」ことが重要なので、人がどのように、どんな時に行動を変えるのかを中心に研究しています。

現代の教育現場の課題とESDの実践

— 先生は、現在の教育現場にはどのような課題があるとお考えですか?

中澤先生:
例えば、多くの学校では教科書を使って授業をしますが、社会科の教科書は現実から5年ほど遅れているんです。社会科は暗記科目だと思われがちですが、それは大きな間違いで、社会の現実を学ぶことが重要なんですね。

だから私は、子どもたちが社会に対する見方や考え方を養うために、実際の社会の出来事を教材にすることが大切だと考えています。たとえば、奈良には世界遺産が身近にありますよね。それを使って、どんな学びができるかを考えていく。環境問題をテーマにすることもできますし、奈良公園の鹿を通して人と自然の共生について考えることもできます。

こうして社会科の枠をどんどん広げていった結果、最終的にESDにつながっていったというのが私の研究の流れです。

— 具体的にどのような学びの事例があるのでしょうか?

中澤先生:
たとえば、奈良に修学旅行に来る生徒たちは、ほぼ必ず奈良公園で鹿と触れ合う経験をします。でも、この鹿たちはただの観光資源ではなく、1300年にわたる人間との共生の歴史を持っているんです。

奈良公園の鹿は「ニホンジカ」という種で、全国の鹿と同じですが、奈良の鹿だけが人間を見ても逃げないんですよ。それはなぜか? 1300年前、春日大社が創建されたとき、タケミカヅチノミコトが鹿島神宮からから白い鹿に乗ってやってきた、という言い伝えがあります。それ以来、奈良の鹿は「神の使い」として大切にされてきました。

鎌倉時代には「三下大犯(さんかたいぼん)」という掟ができ、「お坊さんを殺す」「子どもを殺す」「鹿を殺す」ことは即死刑と定められました。それもあって奈良の人々は、鹿を大切にしてきたわけです。

しかし、明治時代になると、新しい知事が「シカを殺すと天罰が下ると思っているようだが、そんなのは迷信だ。世の中が変わったのだ。私がその迷信をうちやぶってやる。」と言って、奈良公園で鹿狩りをして、大鍋ですき焼きにして食べるということをしました。でも、奈良の人々はそれを真似しなかったんですね。彼らにとって鹿は単なる動物ではなく、家族のような存在だったからです。

このように、奈良の鹿には歴史と文化が詰まっているんです。だから私は、鹿と触れ合うだけでなく、その背景にある人と自然の関係を学ぶことこそ、ESDの大切な要素だと考えています。

— その背景にある歴史や文化を知ることで、より深い学びになりますね。

中澤先生:
そうですね。ただ楽しむだけでなく、「この鹿たちはどうして人間を怖がらないのか?」と考えることで、教科書だけでは学べない大事なこと学ぶことができるんです。

「当たり前」を問い直す視点と実践的な学び

— 目の前にあることを、どう学びにつなげていくのかが重要ですね。

中澤先生:
そうなんです。社会の出来事に「時間軸」を当てはめて考えることが大切です。例えば、昔からそうだったのか? 途中で何かが変わったのか? その要因は何なのか? そう考えていくと、今、当たり前だと思っていることも変えていけるんですよ。より良い社会にするために、何ができるのかを考えること。これが社会科教育と持続可能な開発のための教育(ESD)の接点なんです。

— そうですね。過去を振り返ることで、未来をより良くするためのヒントが得られますね。

中澤先生:
「当たり前」だと思っている限り、人は変えていこうとしません。でも、それを問い直すことができれば、より良い方向に進める可能性があるんです。

大学生による実践的なESD活動

— ESDやSDGsというと、高校生には少し意識の高いテーマに思えることもありますが、こうした考え方は誰にとっても大切なことですね。

中澤先生:
そうですね。2017年の学習指導要領の改訂で、日本中のすべての学校が「持続可能な社会の創り手を育てる」ことを目標に掲げるようになりました。だから、この方向性は間違いないと思っています。

うちの大学では「ユネスコクラブ」という学生団体を14年前に立ち上げました。今では部員が80人ほどいて、全国的にも大きな規模のクラブになっています。

— どのような活動をされているのでしょうか?

中澤先生:
例えば、学生たちは「持続可能な社会づくりに何ができるか?」を考えながら活動しています。最近では、地域のフリーマーケットに参加してリユースの促進をしたり、企業と連携して地域の小中学生を招いたキャンプを企画したりしています。さらには、小中学校の野外活動を支援する活動もしていますね。

— 実際に動くことで、学びが深まりますね。

中澤先生:
そうなんです。勉強しているだけではわからないことも、自分たちで考え、行動することで実感を伴って学べる。今、全国の大学でもこうしたクラブが増えていて、ネットワークを作ろうという話もあります。うちの大学のクラブも活発に活動していて、国連大学で発表することが決まっています。

— すごいですね! 大学生にとっても、自分の学びが社会とどうつながるのかが見えてくる経験になりそうです。

中澤先生:
まさにそうですね。受験勉強を頑張って大学に入ったものの、「何のために勉強しているのか?」が見えにくくなることがあります。でも、こういうクラブ活動を通じて、「自分の学びが社会のどこにつながっているのか」が明確になり、充実した学生生活を送ることができるんです。

— 高校時代には全く興味がなかった学生も、大学でこうした活動を通じて新しい世界を知ることができるのは素晴らしいですね。

中澤先生:
そうですね。他の例をあげると、奈良にはたくさんの外国人観光客が訪れます。そうした方々に向けた観光ガイドも大事ですが、もっと重要なのは「災害時にどう対応するか」なんですよ。

もし災害が発生したら、外国人観光客はどこに避難すればいいのかわかりません。そこで、うちの大学の英語教育専修の学生たちが、災害時の対応を伝える動画を作成するなどの取り組みをしています。

— それもまた、実践的な学びの一つですね。

中澤先生:
そうですね。学生たちも、自分たちにできることを考えて行動していて、本当に立派だと思いますよ。

学問を追究する魅力とは

— 先生はこれまで様々な視点で研究に取り組まれてきたのですね。先生にとって、研究や学問を追究することの魅力とは何でしょうか?

中澤先生:
僕は基本的に探求することが好きなんですよ。わからなかったことが少しずつ自分なりに理解できるようになっていく、その過程が楽しいんです。

例えば、家族と旅行に行っても、何か気になることがあればそっちに行ってしまって、一人だけ別行動を取ることがよくあります。

お店に行って、気になるものを見つけると、「なぜこういう形なんですか? どうしてこういう使い方をするんですか?」と作った人に根掘り葉掘り聞いてしまう。聞いたからといって何か特別なことがあるわけではないんですが、そうやって知ること自体が楽しいんです。

— まさに好奇心を大事にされているんですね。

中澤先生:
そうですね。結局、好奇心がすべてですよね。気になったことは、迷わずに調べてみる。それが学問の根本だと思います。

高校生へのメッセージ

— それでは最後に高校生へのメッセージをお願いします。

今はスマートフォンで簡単に情報が手に入る時代ですが、だからこそ「本を読むこと」が大事だと思っています。

好奇心を持つことは素晴らしいことですが、それを支えるためには確かな知識や視点が必要です。いろんなことを知っていないと、例えばフェイクニュースに簡単に振り回されてしまうこともあります。世の中の情報を正しく理解し、自分なりの考えを持つためには、幅広い知識が必要です。そのために、自分の中に「軸」を作ることが大切なんです。

本を読むのは、正直めんどくさいこともあるかもしれません。でも、本を通じて得た知識は、きっと将来の自分を支えてくれると思います。ぜひ、本を読む習慣を大切にしてみてください。

— 本日は貴重なお話をありがとうございました!

まとめ

「学び」とは、自分の目で見て考え、社会とつながることだと中澤先生は言います。

そのために必要なのは、好奇心と探究心疑問に思ったことをそのままにせず、自分で調べ、考える習慣を持つこと。そして、情報があふれる今だからこそ、本を読み、自分の「軸」を持つことが大切だと先生は強調します。

社会をより良くする学びは、特別なものではなく、日々の「なぜ?」から始まります。その問いを大切にすることが、未来をつくる第一歩になるのではないでしょうか。




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