連載コラム「大学で学べる学問を知ろう」SDGs×企業戦略をテーマに安岡寛道先生に聞く

 安岡 寛道教授

高校生にとって、大学でどのような学問が学べるのか、その学問がどのように社会とつながっているのかを知ることは、進路選択の大きなヒントになります。本連載では、各分野の専門家にインタビューを行い、その学問の魅力や学ぶ意義を探ります。

今回は、経営学の視点からSDGs(持続可能な開発目標)やウェルビーイング(Well-being)に取り組む、明星大学の安岡寛道先生にお話を伺いました。

経営学が社会に果たす役割、そしてこれからの時代に求められる企業戦略について深く考えます。

先生の専門分野について

―先生は幅広い分野を研究されている印象がありますが、主にどのようなテーマに取り組まれているのでしょうか?

安岡先生:
私の専門は経営学ですが、特に「戦略ゼミ」を担当しており、企業や事業の戦略を中心に研究しています。ただ、経営というのは単独の学問だけでは成り立たないんです。例えば、企業経営を考える際には社会学的な視点も必要になりますし、環境や社会、ガバナンスといった要素を考慮することが求められます。

特に、最近ではESG経営(環境・社会・ガバナンス)やSDGs(持続可能な開発目標)が重要視されるようになってきました。もともと、企業の社会的責任(CSR)という概念があり、そこからESGへと発展し、さらにSDGsへと広がってきたという流れがあります。これは単なるトレンドではなく、企業が長期的に存続するためには避けて通れない要素なんです。

―経営学というと、企業の成長や利益の最大化を目指すイメージが強いですが、それだけではないということでしょうか?

安岡先生:
その通りです。企業戦略というのは、「目標に対してどういうシナリオを描くか」、つまり長期的な視点を持って計画を立てることが本質になります。そのためには、次の2つの視点が重要になります。

  1. 外部環境の分析
    企業が生き残るためには、社会の変化を読み取る力が必要です。例えば、最近ではAIやIoTといった技術革新が進んでいますし、為替の変動、政府の規制、さらにはSDGsやESGといった社会トレンドの概念の影響も無視できません。
  2. 内部環境の分析
    企業が持つ「資産」、特に無形資産(従業員のスキルや経験、技術力)をどう活かすかが戦略のカギになります。ただお金があるだけでは競争には勝てません。どのような強みを持っているのか、それをどう発展させるのかを考えなくてはなりません。

そして、これからの企業経営のキーワードとしてウェルビーイング(Well-being)という概念が注目されています。企業が単に利益を追求するのではなく、従業員や社会全体の幸福をどう実現するかを考える時代になってきています。

―なるほど、経営学というのは単なるビジネスの話ではなく、社会全体の仕組みや人の幸福にも関わってくるのですね。

安岡先生:
そうですね。経営学は非常に幅広い学問ですし、時代の変化に応じて重要視されるポイントも変わってきます。今後も新しい概念が登場するでしょうが、それをどう経営に活かすかが問われる時代になっていくと思います。

ウェルビーイングとは?企業経営との関係性

―先ほど、SDGsの流れの中で「ウェルビーイング」という言葉が出ましたが、具体的にはどういった概念なのでしょうか?

安岡先生:
簡単に言えば、「人がどれだけ幸福に生きられるか」を重視する考え方ですね。私は大学院博士課程時代の指導教官(副査)が「幸福学」を研究していたこともあり、この分野には以前から関心を持っていました。経営においても、単に利益を追求するだけでなく、従業員や関係者(ステークホルダー)の幸福を考えることが重要になっています。

日本は、先進国の中でも幸福度が低いと言われています。例えば、北欧の国々は幸福度ランキングで常に上位にいますが、日本はそうではありません。企業経営の視点から考えると、「稼ぐこと」だけを目的にするのではなく、従業員が本当に幸せを感じながら働ける環境を整えることが必要なのではないかと思います。

―確かに、企業がSDGsに取り組み、社会的に意義のある活動をしていたとしても、そこで働く人が疲弊してしまっては本末転倒ですよね。

安岡先生:
その通りです。昔は「働くことが美徳」とされ、長時間労働が当たり前の時代もありました。しかし、そうした価値観が必ずしも幸せにつながるわけではないことが、今では明らかになっています。最近は「ウェルビーイング経営」などの考え方が注目され、利益だけでなく、従業員の健康や働きがいを重視する企業も増えてきました。

また、SDGsは2030年までの目標ですが、その先にはさらに新しい概念が登場すると思います。最近では「ウェルビーイング」や「ステークホルダー資本主義」といった言葉が出てきていますが、将来的には企業経営の中で「人の幸福」をより深く追求する流れが強まるのではないでしょうか。

―企業の持続可能性を考える上で、利益だけでなく従業員の幸福も重要視する流れは、今後ますます強まっていきそうですね。

安岡先生:
そうですね。企業の成長において、どれだけ社会に貢献し、従業員の幸福を追求できるかが、これからの時代に求められるポイントになると思います。

SDGsへの関心と研究のきっかけ

―先生がSDGsに関心を持ち、活動を始めることになったきっかけについて教えていただけますか?

安岡先生:
私が明星大学に来たのは5年ほど前ですが、その当時はSDGsという言葉が今ほど浸透していませんでした。今では中学生でも知っているほど一般的になりましたが、当時は大学内でも積極的に話題にする人は少なかったです。

ただ、企業経営の視点で考えると、「SDGsが今後重要になってくる」というのは明らかでした。SDGsに取り組むことは、単に社会貢献のためだけではなく、企業の価値向上や、産業・地域・地球環境への貢献にもつながるからです。そこで、「2歩先ではなく1歩先を見据えて動くことが重要だ」と考え、研究を始めました。

また、ちょうどその頃、新型コロナウイルスの影響で対面授業が制限され、オンライン授業が主流になっていたことも大きなきっかけでした。大学のLMS(学習管理システム)を活用して授業のコンテンツを提供し、学生にレポートを提出してもらう形が主流になったのですね。そこで、「SDGsを学ぶだけでなく、実際に行動する仕組みを作れないか?」と考えたのです。

―具体的にはどのような仕組みがあったのでしょうか?

安岡先生:
はい。私は以前からポイントシステムの活用に関心があり、経営コンサルティングの仕事でも取り組んでいました。日本人はポイントを貯めるのが好きなので、それをSDGsの推進に活かせないかと考えたんです。

具体的には、学生がSDGsに関連する活動をすると、ネット上のシステムにレポートを投稿し、写真を添付することでポイントがもらえるという仕組みを考案しました。しかも既存の学習管理システムを利用することで、ほぼコストゼロで運用できるという点もポイントでした。

このアイデアを大学に提案したところ、すぐに承認され、「SDGsポイントプログラム」を立ち上げることになりました。経営学部だけでなく、他の学部にも展開し、学生が投稿した内容をチェックしながら、毎日ポイントを付与する仕組みを整えました。

また、上位の学生にはAmazonギフトカードを贈るなどのインセンティブも用意しました。大学の成績評価とは別に、「社会貢献に対する評価」という新しい基準を作ることを目指したんです。

―学業成績以外の軸で評価される仕組みは、学生にとっても新鮮な体験だったのではないでしょうか?

安岡先生:
そうですね。特に初年度はメディアにも取り上げられ、多くの学生が参加してくれました。「社会貢献をポイント化する」という発想自体が珍しく、さまざまな形で注目を集めました。

この取り組みがきっかけで、他の大学からも「うちでもやりたい」という声が上がるようになり、短大や別の大学がインスタグラムを活用した類似の取り組みを始めるなど、少しずつ広がりを見せました。

―SDGsを学ぶだけでなく、「実際に行動する」仕組みを作るという点が、とても画期的ですね。

SDGsポイントプログラムの広がりと課題

―先生の取り組みが、他の大学にも影響を与えているとのことですが、実際にどのような広がりを見せたのでしょうか?

安岡先生:
そうですね。私たちがこのSDGsポイントプログラムを始めた当初は、大学内での試みでしたが、他の大学から「うちでもやりたい」という声が上がるようになったんです。例えば、ある短大ではInstagramを活用して、学生同士のコミュニティを作る形で実施してくれました。こういった試みを通じて、少しずつ広がっていった印象があります。

私たちのような大学の学内システムを活用するのではなく、SNSなどを使ってよりオープンな形で運用するケースも出てきたので、それぞれの環境に合った方法があるのだと感じています。

―なるほど。では、ポイントシステムを活用した取り組み全般について、将来性はどのように考えていますか?

安岡先生:
ポイントなどを活用した新たな取り組みは、導入初年度はとても活気があるのですが、2年目、3年目になるとマンネリ化してくるという課題があります。これは、地域通貨やボランティアのポイント制度などでも同じことが起こるんです。最初は「新しい取り組み」として注目されるのですが、やがて「やらなくてもいいもの」になってしまうと、だんだんと参加者が減っていくんですね。

実際、私たちのプログラムも、1年目は盛り上がりましたが、2年目以降は参加率が下がってしまいました。

―それはなぜなのでしょうか?

安岡先生:
これは、「強制力がないと継続しにくい」という点が一つの課題ではないかと考えています。

例えば、学会でこの取り組みを発表した際、ある企業の担当者が「SDGsの取り組みを企業の業績評価とは別の指標として設定している」と話していました。つまり、SDGs活動を単なる「自主的な社会貢献」としてではなく、企業の正式な評価基準として組み込むことで、持続的な取り組みを促しているということです。

この話を聞いて、私も同じ考えを持っていることを認識しました。つまり、自主性に任せるだけでは継続が難しく、ある程度の仕組みやルールを設けることが、持続可能な取り組みにするためには必要なのではないか、ということです。

―つまり、自由参加だと続けにくいということですね?

安岡先生:
そうなんです。私たちのプログラムでも、授業の一環の必須課題として参加を求めた場合、提出率が約95%だったのに対し、自由参加にすると10〜20%に激減したんですね。これは企業の取り組みにも通じることで、SDGsやESG経営を単なる「推奨事項」ではなく、「企業の評価基準」として明確に組み込むことで、より継続しやすくなるのではないかと考えています。

一方で、理想的なのは「意識せずにSDGsに貢献できる状態を作る」ことです。例えば、ゲームをしているだけで勝手に環境保護に貢献できたり、日常の行動が自然と社会貢献につながったりするような仕組みが求められています。

企業経営でも同じで、利益を追求しながら、同時に社会に貢献できるビジネスモデルを作ることが理想的ですね。私自身、これが「次世代の戦略」になっていくと考えています。

高校生へのメッセージ:「持続可能な仕組みを考える」

―では、これから社会に出る高校生に向けて、伝えたいことはありますか?

安岡先生:
SDGsのような社会貢献活動や企業の取り組みも、単なる一時的な流行ではなく、「いかに続けていくか」が問われる時代になっています。最初は多くの人が関心を持ち、積極的に動きますが、時間が経つとどうしても続けることが難しくなってしまう。その中で、どうすれば「やらなきゃいけないからやる」ではなく、「自然と続いていく仕組みを作る」かが、これからの課題だと感じています。

これは、企業経営にも通じる話ですが、単に利益を追求するのではなく、どうすれば自然に楽しみながら続けられるか、その仕組みを考えてもらえたら嬉しいですね。

学問とは何のためにあるのか?

―それでは最後になりますが、先生にとって、研究や学問を追求することの魅力とは何でしょうか?

安岡先生:
極端な話をすると、「生きるため」ですね。学問は、研究のためにあるのではなく、人々が楽しく生きるためにあるものだと思っています。

私自身、若い頃は「とにかく働くことが評価される時代」に生きていました。でも、それが本当に幸せなのか?ふと考えたときに、生きるために働くのではなく、働くために生きてしまっていないかと思うことがあったんです。学問も同じで、「学ぶために学ぶ」だけでは本質を見失ってしまう。

結局のところ、研究とは「人がより幸せに生きるために何ができるのか?」を考えることなんです。企業経営の観点でも、心理学でも、経済学でも、何を学ぶにしても、その先には「どうすれば人々がより良い生活を送れるのか?」という問いがあるべきだと思います。

―本日は貴重なお話をありがとうございました!

まとめ

本記事では、安岡先生の研究を通じて、経営学が企業の成長だけでなく、社会の在り方や人の幸福にも深く関わっていることを知ることができました。特に、SDGsやESG経営、ウェルビーイングといった視点は、これからの社会でますます重要になっていくと考えられます。

また、SDGsポイントプログラムの話からも分かるように、「知ること」だけではなく、「実際に行動すること」が大切です。社会の課題に関心を持ち、自分の身の回りからできることを考えていくことが、未来をつくる一歩になります。

高校生の皆さんにとっても、学びはテストのためだけのものではなく(それも大事ですが)、将来どのように生かせるかを考えるきっかけになります。例えば、SDGsや環境問題、地域貢献などに興味を持ったら、それを学校や身近なところでどう活用できるか考えてみるのもいいかもしれません。

最後に、安岡先生が「研究とは、人がより幸せに生きるためのもの」とおっしゃっていたのが印象的でした。勉強や進路選びに迷うこともあるかもしれませんが、その先にある「自分がどんな未来をつくりたいか」を意識してみると、学びの意味がもっと広がるかもしれません。




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