「将来の夢がまだはっきりしていない」
「食べるのは好きだけど、それが学問になるの?」
そんなふうに感じている高校生も多いのではないでしょうか。
今回お話を伺ったのは、広島女学院大学の妻木陽子先生。
管理栄養士として、そして大学教員として、栄養学を学ぶ意義やその広がりについて、たっぷりと語っていただきました。
妻木先生の専門は、「ライフステージ別栄養学」や「食物アレルギーへの栄養支援」。食べることを通じて、人の心や身体、そして家族や社会までも支える研究に取り組んでおられます。
この記事では、そんな先生の言葉を通して、
✔ 栄養学とはどんな学問なのか
✔ 食を通じて人を支えるとはどういうことか
✔ どんな高校生に向いているのか
を一緒に考えていきます。
目次
栄養学との出会いとその魅力
— まずは先生のご専門について、ざっくりとした概要から教えていただけますか?
妻木先生:
はい、私は管理栄養士の免許を持っていまして、大学では「基礎栄養学」と「ライフステージ別栄養学」を担当しています。「基礎栄養学」というのは、栄養素が体の中でどのように使われるのか、つまり代謝の仕組みなどを学ぶ授業です。
もう一つの「ライフステージ別栄養学」では、赤ちゃんからお年寄りまで、人生の各段階での体の変化や食の問題を考えながら、それに応じた栄養管理について教えています。年齢や体の状態によって、必要な栄養も違えば、食の悩みも違いますから、それぞれに合わせたサポートが必要なんですね。
私の研究は、その中でも小児に多い「食物アレルギー」をテーマにしています。管理栄養士の視点から、どうすれば食べられない子どもたちにも“食に興味を持ってもらえるか”ということを考えて取り組んでいます。
— 食物アレルギーは、きっと読者である高校生の中にも身近に感じる人がいると思います。
妻木先生:
そうですね。アレルギーって、ある人にとっては日常生活にすごく関わる問題です。もちろん治療の分野では、検査やお薬といった医療的な対応もありますが、私自身は「食べられないからこそ、どう“食”に向き合えるか」という部分に興味があります。食事を我慢するだけでなく、「それでも食べたい」「楽しみたい」と思ってもらえることが大事だと思っているんです。
— 先生ご自身は、もともと栄養学に強い興味があったわけではなかったそうですね?
妻木先生:
そうなんです。高校生の頃は、正直あまり栄養学に興味があったわけではなくて(笑)。どちらかというと、作るより食べる方が好きでした。
でも、それって実はすごく自然なことなんですよね。本学管理栄養学科の学生も、だいたい最初のきっかけは「食べるのが好き」から入ってくるパターンが多いです。
そして、「食べると幸せになれる」っていう当たり前の感覚から、「じゃあ、その幸せを支えるにはどうしたらいいんだろう?」っていうふうに興味が広がっていくんですよ。
— なるほど、「食べる」ことが入り口になって、「支える」ことへの学びにつながっていくんですね。
妻木先生:
はい。それに、栄養学の魅力のひとつは、病気になる前から人の健康を支えられるという点です。
お医者さんやお薬は「病気になってから」の対応が多いですが、栄養学は予防の段階から関われる。もちろん、病気になった人に対してもアプローチはできますが、「病気にならないようにどう支えるか」を考えるのは、すごく意味のあることだと思います。
— 高校生の中には「食べるのは好きだけど、将来それが仕事になるのかな」と迷っている子も多いと思います。そういう子に、どう声をかけてあげたいですか?
妻木先生:
私、入学式の時にも学生によく言うんですが、「栄養学を学ぶことで、あなたの大切な人を守ることができる」んです。そして、自分自身の身体も守れる。
それが、栄養学のいちばんの魅力だと思っています。
食って、誰にとっても毎日のことですよね。食べないと生きていけないし、逆に、ちょっとしたことでその人の生活がすごく豊かにもなる。
だからこそ、家族や恋人、友達、そして自分自身――そういう「大切な存在」の健康を、食を通して守れるっていうのは、本当に意義のあることだと思うんです。
食物アレルギーと家族をつなぐ「サマーキャンプ」という実践
— 先生は食物アレルギーに関する研究をされているということですが、実際にどのような活動を行っているのでしょうか?
妻木先生:
私がアレルギーに関心を持ったのは、大学院で基礎研究をしていた時のことです。当時は細胞や実験動物を使った研究をしていたのですが、「患者さんに会ったことがない」という自分にふと気づいたんですね。私自身、アレルギーを持っているわけではなかったので、「一体誰のために研究してるんだろう?」って思ってしまって。
そこで始めたのが、食物アレルギーを持つ子どもとその家族のためのサマーキャンプです。この活動では、アレルギーのある子どもたちだけでなく、その家族全員で参加してもらうことを大切にしています。お父さんやお母さんはもちろん、兄弟姉妹、おじいちゃんおばあちゃんなど、みんなで“アレルギーについて一緒に考える場”にしたいという思いがあります。
— アレルギーは本人だけでなく、家族にも大きな影響がありますよね。
妻木先生:
そうなんです。特にお母さんが「自分のせいかもしれない」と悩んでしまうことが多いんです。でも、そんなことは決してないんです。そうした思いを共有し、同じ悩みを持つ保護者同士が出会い、支え合えるような場を作りたいと考えて、キャンプを続けてきました。
また、アレルギーを持つ子どもたちは、普段は「みんなと同じものを食べられない」という経験が多いです。でも、このキャンプでは“みんなで同じ食事を食べる”ということができる。これがすごく大きな意味を持つんです。
— それはきっと、子どもたちにとっても家族にとっても大きな経験になりますね。
妻木先生:
はい。そしてもう一つの特徴は、学生が中心となって運営しているという点です。本学管理栄養学科の学生たちが、アレルギー対応のレシピを半年以上かけて考え、実際に作って、子どもたちや家族に提供します。レクリエーションや司会も学生が担当します。
キャンプの場で、自分たちが作った料理を子どもたちが「おいしい!」って笑顔で食べてくれる。その姿を見ることで、学生たちも「あ、自分たちの学びは人の役に立つんだ」って実感できるんですね。これは教室の中だけでは得られない、とても大きな学びになります。
アレルギーは“誰にとっても”無関係じゃない

— 一方で、高校生の中にはアレルギーを持っていない子も多いと思います。そういった子たちに、栄養学やアレルギーの大切さをどう伝えていけると思いますか?
妻木先生:
実は、アレルギーって気づかれていないことも多いんです。たとえば果物アレルギーだと、症状が口の中だけで終わることもあるので、「喉がちょっとかゆい」くらいで済ませてしまって、自分ではアレルギーだと気づいていない場合もあります。
また、「将来自分の子どもがアレルギーを持つかもしれない」って考える機会もあると思うんです。だから、当事者でなくても、将来的に関わる可能性がある。そこから興味を持ってもらえたらうれしいですね。
— 身近な人がアレルギーを持っていると、自分も関心を持つきっかけになりますよね。
妻木先生:
はい。たとえば友達の子どもがアレルギーだったり、災害時にアレルギーのある人のことを考える場面が出てくることもあります。今後は、そういった場面での地域の理解や対応についても研究していきたいと思っていて、地域イベントでの意識調査なども始めようとしています。
— 災害時の食の支援についてもお話されていましたね。
妻木先生:
はい。災害時の炊き出しでは、アレルギーのある子どもに配慮が必要です。ただ、「アレルゲンフリーの食事」をすぐに準備するのは現場としてはとても難しいんですよね。そこで今考えているのが「袋調理」です。耐熱パックの中に食材を入れて湯煎で調理する方法で、同じ鍋でも混ざらずに複数の料理を作れる可能性があります。
— 一つの鍋で安全に複数のメニューが作れるのは画期的ですね!
妻木先生:
はい。ただ、湯煎中に成分が溶け出さないかなどの検証が必要なので、今まさに研究を始めようとしているところです。この袋調理の方法が普及すれば、災害時でもアレルギー対応食を提供しやすくなるはずですし、日常生活にも応用がきくと思っています。
— 先生の研究が進めば、より多くの人が“安心して食べること”を楽しめるようになりますね。
妻木先生:
そうなっていけたらうれしいですね。でも一番は、困っている人がいるということに気づく社会になってほしいという思いです。アレルギーのある人だけが努力するのではなく、お互いにできること・できないことを伝え合える、そんな社会に向けて栄養学は役に立てると信じています。
高校での学びが栄養学につながる瞬間
— 栄養学と聞くと、「病院での専門的な知識」といったイメージがあるかもしれません。でも、先生のお話を聞いていると、それだけではなくて、もっと日常に根ざした学問だと感じます。
妻木先生:
そうですね。栄養学っていうのは「食べること」から始まる、すごく身近な学問なんです。そして、人を幸せにする手段としての“食”に興味がある人には、本当にぴったりだと思います。たとえば、「誰かの笑顔が見たい」「誰かの健康を支えたい」という気持ちがある人には、向いている分野です。
最近は病院や保育所だけでなく、食品開発の分野でも栄養学の知識が求められています。いわゆる「フードテック」の時代に入ってきていて、災害食や健康志向の食品など、さまざまな分野で活躍できる可能性が広がっているんです。
— 高校生の段階で、何を勉強しておくといいでしょうか?
妻木先生:
やっぱり「家庭科・生物・化学」は大事ですね。家庭科では栄養素の基本やライフステージの違いについて学べますし、生物では人体のしくみ、化学では栄養素の構造や反応が理解できます。
あと意外と見落とされがちですが、「算数や数学の基礎力」もすごく大事です。たとえば、お味噌汁の塩分濃度を計算したり、レシピの分量を調整したりと、現場では数字を感覚的に捉える力が問われます。
— なるほど、理系科目も実はすごく密接に関係してるんですね。
妻木先生:
はい、まさにそうです。さらに言えば、歴史や文化にも興味がある子にも向いています。たとえば、源氏物語や昔の文学作品に出てくる「食」の描写を通して、昔の食文化に興味を持つという入り口もありますよね。
本当に、栄養学っていろんな学問や興味とつながっているんです。だから、「これが好き」「これが得意」という何かがある高校生には、どこかで栄養学と接点が見つかるはずです。
自分や大切な人を守る学問として
— 最後に、進路に悩む高校生に向けて、何かメッセージをお願いします。
妻木先生:
そうですね。私はよく学生に、「この学問は、あなた自身と、あなたの大切な人を守る力をくれる」と話しています。病気の予防や健康のサポートはもちろんですが、それ以上に、「食べることで人を笑顔にできる」ということが栄養学の本質だと思っています。
そして、「追求することは楽しい」ということも伝えたいですね。栄養学の世界は、まだまだ未知のことがたくさんあります。自分が興味を持ったこと、もっと深く知りたいことがあるなら、それを追いかけてみてほしいです。
— 本当に、食を通して人を幸せにしたいという思いが伝わってきました。今日はありがとうございました!
まとめ
妻木先生のインタビューを通して、栄養学がどれほど身近で、人の人生に深く関わる学問であるかが、ひしひしと伝わってきました。
栄養学は、単に「健康を保つための知識」ではなく、病気の予防から治療のサポート、そして日々の“食べる喜び”に至るまで、私たちの暮らしを支えている学問です。そしてその中でも先生は、特に「食物アレルギー」や「災害時の食支援」といった、見過ごされがちな課題にも向き合い、食を通して誰もが安心できる社会づくりを目指しています。
また、印象的だったのは「この学問を学ぶことで、あなたの大切な人を守れる」というメッセージ。誰かの笑顔を守りたい、そんな思いがあれば、どんな高校生にも栄養学の世界は開かれています。
先生が語るとおり、栄養学は「食べるのが好き」という小さな動機からでも始められる学問です。そして、その学びはやがて“誰かを幸せにする力”へとつながっていく。
進路に迷っている高校生へ——。
まずは、自分自身や身近な人の「食」について、ちょっと考えてみてください。
そこには、未来をつくるヒントが、きっと隠れています。