医療の世界は日々進歩していますが、それでもなお「治療が難しい病気」は数多く残されています。
中でもがんは、今も多くの人の命に関わる深刻な課題です。
今回お話を伺ったのは、宮崎大学で免疫学を専門に研究し、がん免疫療法の新しい可能性を探っている佐藤克明先生。
樹状細胞という免疫の中枢に関わる細胞に注目し、これまでにない治療法の開発に挑んでいます。
しかし、そんな最先端の研究に取り組む先生も、最初から免疫学を目指していたわけではないといいます。
高校生に向けた今回のインタビューでは、専門分野の話だけでなく、「学問との出会い方」や「進路の見つけ方」についても、率直な言葉で語ってくださいました。
医学に興味を持つ高校生のみならず、まだやりたいことが見つかっていないという人にこそ、読んでほしいインタビューです。
目次
がん治療と免疫学の接点
―― 現在は、免疫学の中でもがん治療に関する研究をされていると伺いました。
佐藤先生:
はい。私たちは今、免疫学の知見を活かして「がん免疫療法」の研究に取り組んでいます。背景として、がんは日本をはじめとする先進国で死因の第1位を占めており、深刻な課題です。現在主流となっているがん治療には、「三大治療」と呼ばれるものがあります。すなわち、手術、化学療法(抗がん剤)、放射線治療です。
ただし、これらの治療法では克服できないタイプのがんが依然として多く、限界があるんです。そこで、第四の治療法として登場したのが「免疫療法」になります。
―― 免疫療法とは、具体的にどのようなアプローチなのでしょうか?
佐藤先生:
免疫療法とは、体内の免疫機構を活性化させてがん細胞を攻撃させるという治療法です。実は、このアプローチ自体は50年ほど前から研究されていて、歴史は非常に長いんです。しかし、長年にわたり「理論的には面白いが、実際にはあまり効果が見られない」という評価が続いていました。
そんな中、近年大きなブレイクスルーがありました。それが「免疫チェックポイント阻害剤」の登場です。この仕組みは、本庶佑(ほんじょ・たすく)先生が発見したもので、ノーベル賞にもつながりました。
―― それほど画期的な薬なんですね。
佐藤先生:
はい。がん細胞は、免疫にブレーキをかけるような分子を使って、自らを攻撃から逃れようとするのですが、免疫チェックポイント阻害剤はその“ブレーキ”を解除する働きをします。これにより、これまで治療が難しかったがんに対しても、明らかな治療効果が現れるようになったのです。実際に、この治療法によって長期生存が可能になったケースも数多く報告されています。
―― 一方で、課題もまだ多いともお聞きします。
佐藤先生:
おっしゃる通りです。免疫チェックポイント阻害剤は素晴らしい成果を挙げていますが、効果があるのは全体の3割程度に過ぎません。つまり、効くがんには効くけれど、効かないがんにはまったく効かない。また、一度は効いた患者さんでも、途中で効果がなくなる「耐性」が生じるケースもあります。
さらに、副作用の問題も大きいです。この治療法は、がん細胞だけでなく、体の正常な細胞まで攻撃してしまうことがあり、重篤な自己免疫反応が起きることもあります。
―― なるほど、まさに次の課題があるということですね。
佐藤先生:
そうです。ですから、私たちは現在、こうした問題点を克服するための新しい免疫治療法の開発を進めています。具体的には、免疫チェックポイント阻害剤の効果を高め、副作用を抑えるための方法を探っています。現在、国の大型研究予算もいただきながら、実用化に向けて研究を加速しているところです。
樹状細胞研究の始まりとその可能性
―― 免疫治療の中でも、先生は「樹状細胞」に注目されていると伺いました。なぜこの細胞に着目されたのでしょうか?
佐藤先生:
樹状細胞というのは、免疫系の中でも「司令塔」として非常に重要な役割を担っている細胞です。免疫細胞には、T細胞やB細胞、マクロファージなどさまざまな種類がありますが、それらの細胞に「この異物を攻撃せよ」と命令を出すのが樹状細胞なんです。
ただ、私がこの細胞に注目し始めた2000年前後の頃には、樹状細胞の本質的な機能についてはまだほとんど解明されていませんでした。日本では、専門的に研究している人はほとんどいないというのが実情だったんです。
―― そんな中で、研究を始められたのですね。
佐藤先生:
そうです。私は当時、海外留学から帰国したばかりの頃でした。そこで、まだ誰も本格的に手をつけていなかった樹状細胞の研究を、まさにゼロから始めることにしました。手探りの状態でしたが、「誰もやっていない未知の分野だからこそ、自分の力で切り開いてみたい」と強く思ったのを覚えています。
―― まさにフロンティアですね。
佐藤先生:
そうですね。私は高校生にも「フロンティア精神を持ってほしい」とよく伝えていますが、自分自身の研究もまさにその実践だったと思います。分からないことが多かった分、毎日が発見の連続で、免疫の仕組みが一つひとつ明らかになるたびに大きなやりがいを感じました。
そして、この研究を進める中で、樹状細胞が自己免疫疾患、アレルギー、拒絶反応、さらにはがんといった幅広い疾患と深く関わっていることが分かってきたんです。それが今の免疫治療の基盤につながっています。
学びの入口に立つ高校生へ
―― 先生は、これから進路を考える高校生に向けて、どのような学び方を勧めたいとお考えですか?
佐藤先生:
私は、「これを勉強しなさい」と特定の教科を無理に選ばせる必要はないと考えています。高校の授業には、主要5教科はもちろん、音楽、保健体育、技術家庭科、そして情報など、多様な科目がありますよね。それらすべてが、将来の興味や進路につながる可能性を持っているんです。
ですから、まずは広い視野で、いろんな体験をしてみることが大切です。授業だけでなく、課外活動や趣味、人との関わりなども含めて、多角的に物事を見る力を育ててほしい。その中で、自然と「自分が本当に興味を持てるもの」が見つかると思います。
―― 医学部を目指す高校生にとって、生物を勉強することは必須なのでしょうか?
佐藤先生:
一見、そう思われがちですが、必ずしも生物を選ばなければいけないわけではありません。実際、医学部の受験では、数学と理科2科目(物理・化学・生物から選択)という形が多く、物理+化学で受験する学生も多いです。むしろ重要なのは、「論理的に考える力」です。
たとえば数学、物理、化学、英語など、論理を扱う科目をしっかり学ぶことで、医学の土台となる考え方が身につきます。科目にとらわれるより、考える力を養うことが大事なんです。
―― 英語の重要性についてもお話しされていましたね。
佐藤先生:
はい、これはぜひ伝えたいポイントです。学術論文のほとんどは英語で書かれていますし、研究者として世界とつながるには、英語力が欠かせません。
読む・書く力だけでなく、話す・聞く力も必要です。特に医学部生でもリスニングやスピーキングが苦手な人は多いので、早い段階から英語に触れておくといいと思います。
―― 海外留学や研究交流の機会もあるのでしょうか?
佐藤先生:
はい、大学によっては交換留学や短期研修などの制度があります。私の大学でも、海外での実習や共同研究に参加できる機会があり、それを目当てに受験してくる学生もいるくらいです。英検1級や準1級を持っている学生が、その力を活かして積極的にアピールするケースもありますよ。
身近な疑問が、研究の入口になる
―― 高校生が「何を研究すればいいのか分からない」と感じることも多いと思います。どのようにして研究テーマを見つければよいのでしょうか?
佐藤先生:
私が伝えたいのは、「研究テーマは、身の回りの疑問から始めていい」ということです。たとえば、自分や家族がアレルギーを持っていたら、「なぜアレルギーは起こるのか?」という疑問から調べてみてください。
実際、アレルギーは今や日本人の3割が抱えていると言われる「国民病」です。花粉症を例にとれば、花粉が飛んでいるのにアレルギー反応が出る人と出ない人がいますよね? この違いはなぜ生まれるのか。その答えを追いかけていくだけでも、免疫学という学問に自然とたどり着くことができます。
―― たしかに、身近な症状や病気は研究のきっかけになりそうです。
佐藤先生:
他にも、たとえばおじいさんやおばあさんが認知症になったとき、「どうして人は記憶を失ってしまうのか?」「アルツハイマー病って何?」といった問いから、脳の働きや神経系の研究に興味を持つかもしれません。あるいは、最近なら新型コロナウイルス感染症もいい例です。コロナウイルス自体は昔から存在していたのに、なぜ一部の型だけが重症化して肺炎を引き起こすのか。こうした素朴な疑問が、研究のスタート地点になりうるんです。最近はインターネットでも多くの情報が手に入りますし、調べていくうちに「これが知りたい」「もっと深く学びたい」と感じる瞬間がきっと訪れます。
ですから私は、高校生の皆さんにはまず「自分の身の回りのことに、なぜ?と思う心を大切にしてほしい」と伝えたいですね。
研究の喜びは「世界で最初に知る」瞬間にある
―― 先生が研究を続けてこられた中で、最もやりがいを感じる瞬間はどんなときでしょうか?
佐藤先生:
大きく2つあります。まず1つ目は、自分の立てた仮説が、実験や検証によって「現実に証明された瞬間」です。研究は常に不確実性との戦いです。いくつもある可能性の中から、自分が「これだ」と信じた方向に突き進んでいって、それが実際に正しかったと分かったときは、言葉にできないほどの達成感があります。
―― 「やっぱり合っていた!」という瞬間ですね。
佐藤先生:
そうです。そして2つ目は、「世界で誰よりも先に新しい事実を知ることができた」という喜びです。これは研究者にしか味わえない特権だと思っています。世の中の誰も知らなかったことを、自分が最初に発見する。そのときの感覚は、他では味わえません。
―― それはまさに、研究者だけが立てる「特別な場所」ですね。
佐藤先生:
はい。だからこそ、私は高校生の皆さんにも、自分の仮説を立てて、それを検証していく面白さを、ぜひ知ってもらいたいと思います。これは数学や物理の証明問題なんかにも通じることですよね。自分の考えが筋道を立てて証明できたときの気持ち、それが研究にもつながっているんです。
がん免疫研究の先に目指す社会
―― 先生の研究が進んでいくことで、どのような未来や変化を期待されていますか?
佐藤先生:
はい。がんの話に少し絞ってお話ししますと、やはり現在でも多くの方ががんで命を落としています。高齢の方に多い病気であるのは事実ですが、私が特に思いを寄せているのは、若い世代や、働き盛りの世代のがん患者さんたちです。
彼らに対して、新しい免疫治療薬を届けることで、人生の可能性を守り、将来にわたる幸福の追求を支える──そうした社会的な意味を、この研究には込めています。
そして最終的には、世の中がより平和で、健康に生きられる社会であってほしいという願いがあります。個人としても、そして研究者としても、そうした“ウェルネス(wellness)”の実現に微力ながら貢献できたらと思っています。
進路に高校生に向けて
―― 最後に、将来の進路に悩む高校生の皆さんに向けて、先生からメッセージをお願いします。
佐藤先生:
改めてお伝えしたいのは、高校生のうちはとにかく多様な体験を通じて、視野を広げてほしいということです。
そして、自分が心から興味を持てるものに出会えたら、今度はそれに向かってまっすぐ努力を続けてください。
――本日は貴重なお話をありがとうございました!
まとめ|問いを持つことから始めてみる
がん免疫療法や樹状細胞の研究といった、専門的なテーマを扱う佐藤先生のお話は、一見すると遠い世界のことに思えるかもしれません。
しかし、その出発点は「病気を治したい」「免疫って面白そうだ」といった、身近な関心でした。
研究者として第一線で活躍しながらも、先生は「何を学べばいいか、今わからなくてもいい」と高校生に語りかけます。
むしろ、さまざまな体験を通じて視野を広げ、そこから興味を見つけていくことが大切だと繰り返します。
学問に向き合うとは、問いを持ち続けること。
そして、その問いに向けて自分なりに考え、試し、時に失敗しながら進んでいく姿勢こそが、進路や将来をつくっていくのかもしれません。