「海外で誰かの役に立つことがしたい」
そんな気持ちを持ったことのある高校生は、決して少なくないはずです。しかし実際に、世界の現場では何が起きているのか、そこにどう関わることができるのかは、なかなか見えにくいものです。
今回お話をうかがったのは、長崎外国語大学で東南アジアの開発と文化の関係を研究している小鳥居先生。
先生は、インドネシアやカンボジア、タイなどの地域に実際に足を運びながら、現地の暮らしや課題を見つめ、「外から与える支援」ではなく、「中から育つ変化」に関心を持ち続けてこられました。
「現場に行って、自分の目で見ること」「支援とは何かを考えること」
先生の言葉には、国際協力やフェアトレードといった言葉を、現実の人々の暮らしに引きつけて考えるヒントが詰まっています。
研究者として、そして教育者として、学生たちと共に取り組んできた活動の中から、未来を考える手がかりをお届けします。
― まずは、先生のご専門について教えてください。
小鳥居先生:
私は大学院時代から文化人類学を専攻していて、東南アジア地域、特にインドネシアを中心に研究をしてきました。関心を持っているのは、社会開発やマイノリティの問題など、文化をめぐる現代的な課題です。
とくに2000年前後、インドネシアではスハルト政権という長期独裁体制が崩壊し、政治や経済の混乱が起こったんです。その頃から、従来のような少数民族に関する文化研究よりも、国家と地域社会の関係や、開発というグローバルな文脈における文化のあり方に関心が移っていきました。
― 現地で関わってこられたNGOの方々というのは、具体的にどのような活動をされているのでしょうか?
小鳥居先生:
例えば、農村開発を進めるコミュニティ・ディベロップメント系のNGOがインドネシアにはありますし、東ティモールでは政変後の人権問題や自立支援に取り組む団体もあります。私はそういった団体の方々と連絡を取り、活動現場に同行したり、スタディツアーに参加したりしながら、自分の研究テーマを深めてきました。
また、カンボジアでは都市と農村の発展格差によって生まれるさまざまな問題、タイではメコン川流域のダム開発による住民の生活の変化や権利侵害などの課題にも関心を持ち、NGOと一緒に現地を訪れる形で調査を行っています。
つまり、グローバルな開発体制がローカルな社会にどう影響を及ぼすのか、その現実を文化人類学の視点から捉えるのが、私の研究の中心です。
― 先生の研究には「参加型社会開発」や「フェアトレード」といったキーワードも出てきますが、それらはどのような関係で捉えていらっしゃるのでしょうか?
小鳥居先生:
「コミュニティの開発」というと、どうしても外部からの一方的な支援をイメージされがちですが、本当に重要なのは、住民自身が自律的に発展していけることなんです。
たとえば、NGOの方々が現地に入り、住民と関わりながら開発を支援することはあります。ただ、その関わりがずっと続くことが目的ではなく、やがて支援が必要なくなることが理想です。そういう意味で、私はこのアプローチを「参加型社会開発」と呼んでいて、現地で活動しているNGOの方々の話を伺ったり、実際に現場を視察したりしてきました。
― フェアトレードについては、どのようなきっかけで研究や教育に結びついていったのでしょうか?
小鳥居先生:
そうですね、もともとはそれほど注目していなかったんです。でも、現地の人たちが自分たちで生産物をつくり、それを適正な価格で販売できる仕組みとして、フェアトレードは非常に重要だと感じるようになりました。
たとえば、コーヒーなどの農産物がありますよね。フェアトレードの仕組みがあることで、生産者が価格交渉の主導権を持てるようになり、それが生活の安定や地域の持続的な発展につながるわけです。
この考え方を、私は教育にも取り入れています。現在勤務している外国語大学では、東南アジア文化などの授業でも話しますし、「フェアトレードでSDGsを推進する」というプロジェクト型授業も担当しています。
学生たちと一緒に、フェアトレードがどう地域に貢献できるか、日本にいながらできる支援とは何かを考える。そうした活動を通じて、教育と研究を結びつけています。
― フェアトレードをテーマにしたプロジェクトでは、学生たちはどのような活動をされているのですか?
小鳥居先生:
私が担当している「フェアトレードでSDGsを推進するプロジェクト」という授業があるんですが、毎学期7〜8名ほどの学生が参加しています。その中で、たとえば地元・長崎のフェアトレード商品を扱っているお店を紹介したり、フェアトレードとSDGsの関係について小学校で出張授業をしたりしています。
活動を通じて、学生たちは自分たちが地域社会の中でどのような形で貢献できるかを模索しながら、フェアトレードの理念を広げるための実践を行っています。大がかりなことではなくても、身近な場所から着実に動いていくことが大切だと思っています。
― 先生ご自身も、日本各地のフェアトレードタウンの取り組みを見てこられたそうですね。
小鳥居先生:
はい、しばらくの間、日本各地で誕生したフェアトレードタウンを訪れて、関係者の方にお話を伺う活動をしてきました。コロナ禍で少し中断しているのですが、現場に行かずともできる支援があるということは、学生にも伝えたいと思っています。
たとえば、九州で最初のフェアトレードタウンになった熊本では、明石さんという女性が中心になって活動を推進されていて、私も連絡を取りながら学生に情報を紹介しています。長崎はまだフェアトレードタウンにはなっていませんが、地元の動きに目を向け、少しずつ関心を育てていくことが重要だと思っています。
― 学生の反応には変化が見られますか?
小鳥居先生:
はい、10年前はフェアトレードという言葉を知っている学生はごくわずかでしたが、最近では認知度も高まってきていると感じます。たとえば、大手ショッピングモールでもフェアトレード商品を扱うようになりましたし、長崎の地元にも専門店は少ないながらも継続的に活動しているところがあるんです。
もちろん、フェアトレードが世界全体の貿易の中で占める割合はまだわずかですが、北欧やイギリスなど、社会的に浸透している国もあります。だからこそ、日本にいる私たちも、世界の動きとつながりながら考えることが大切だと学生には伝えています。
― 東南アジアを訪れる中で、先生ご自身が特に強く印象に残った出来事や現実はありますか?
小鳥居先生:
それぞれの国に、それぞれの課題があります。いい面もあれば、やはり厳しい現実=光と影のコントラストがはっきりとあるのが、東南アジアの特徴でもあると感じています。
特に印象に残っているのは、タイやカンボジアで深刻化している児童や女性の人身売買の問題です。私はその現場を直接目にしたわけではありませんが、NGOの方々からの話や、ドキュメンタリー映像などを通じてその実態を知る機会がありました。
正直、かなり衝撃を受けました。自分たちが日々生活している日本ではなかなか実感できないような、搾取や暴力が日常的に起こっている現実があるということに、改めて気づかされたんです。
― そのような現実を、先生はどのように学生たちに伝えていらっしゃるのでしょうか?
小鳥居先生:
もちろん、すぐにすべてを理解することは難しいと思います。ただ、私は「まずは知ることが大切」だと考えています。現地に行くことができなくても、話を聞いたり、資料や映像に触れたりすることでも、十分に学びは始まります。
こうした話題は、私の授業やゼミでもできる範囲で取り上げています。ささやかではありますが、こうした現実を少しでも伝えることが、教育としてできることの一つだと思っています。
― 先生の研究の中には、日本語教育とキャリアパスに関する取り組みもあるとうかがいました。これはどのような経緯で始まったのでしょうか?
小鳥居先生:
これは比較的新しい取り組みで、私自身は日本語教育の専門家というわけではありません。ただ、ベトナムを中心に東南アジアの地域経済を研究している知人の研究者とご縁がありまして、その方が長崎外国語大学での勤務時代に、現地の大学との交流を担当されていたことがきっかけになりました。
その先生と話す中で、「日本語教育と現地でのキャリア形成の関係性」に注目が集まり、共同で研究プロジェクトを立ち上げることになりました。ちょうどその時期に、日本学術振興会の科学研究費(科研費)に応募し、無事採択され、そこから3年間にわたって研究を進めてきたんです。
― どのような地域や機関と連携されているのですか?
小鳥居先生:
研究の対象地域は、ベトナムやインドネシア、タイなど東南アジアの複数の国々です。特に最近では、インドネシアの「ガジャマダ大学」の日本語学科と交流を深めていて、そこでは先生方や学生たちとの関係もできてきました。
今年の9月には、学生たちを引率して現地の大学を訪れ、文化研修という形で日本語学科の学生たちと交流する予定もあります。研究だけでなく、教育や国際交流にも広がりが生まれてきている実感がありますね。
このようにして、私の元々の専門である文化人類学や地域研究の延長線上で、言語教育やキャリア支援ともつながる新しいフィールドが広がってきたように感じています。
― 先生ご自身が研究を続けていく中で、学問の面白さややりがいを感じるのはどのような時ですか?
小鳥居先生:
もちろん、新しい知識や現実に出会うこと自体の面白さは大きいです。ただ、それ以上に大きいのは、人と人とのつながりの中に自分の研究が存在していると実感できる瞬間ですね。
たとえば、私と現地の人たち、あるいは日本とインドネシアのような国と国との間に、何かしらの橋渡しになるような関係が生まれる。それが研究を通じて少しでも生まれていると感じられたときに、一番のやりがいを感じます。
私たち人文社会系の研究は、英語で言えば “Humanities”──人間について考える学問です。その意味で、人と人の関係性の中で何ができるのかを問い続けること自体が、学問の本質なのかもしれません。
― 最後に、これから進路を考える高校生に向けて、メッセージをお願いできますか?
小鳥居先生:
高校生の皆さんには、まずは「自分が何をやりたいのか」を大切にしてほしいと思っています。世間的な評価や偏差値ではなく、自分の心の声にきちんと向き合って進路を選んでほしいです。
そして、たとえ選んだ道でうまくいかなかったとしても、やり直すチャンスはいくらでもあります。皆さんはまだ若いですし、何度でもチャレンジできます。だからこそ、迷っても悩んでも、一歩踏み出してみることが大事だと思います。
小さな関心が、大きな学びにつながることもあります。どうか、自分の興味や直感を大切にしてください。
まとめ
東南アジアの社会や文化をテーマに、長年フィールドに足を運びながら研究を続けてきた小鳥居先生。現地で暮らす人々の声に耳を傾け、国や地域を超えて「人と人がどうつながれるか」を探る姿勢が、先生の学問の根底にあります。
高校生にとっては、開発やフェアトレードという言葉は少し遠く感じられるかもしれません。でも、先生が伝えてくれたのは、「まずは現実を知ること」「関心を持つこと」が、社会とつながる第一歩になるということです。
日本にいても、世界と関わる方法はたくさんあります。フェアトレードの商品を選ぶこともそのひとつですし、自分が何に関心があるのかを考えることも、大事な出発点です。
「何をしたいかは、あとから見えてくることもある」「迷っても、何度でもやり直せる」――そう語る先生の言葉には、これから進路を考えていく高校生にとって、大きなヒントが込められているように思います。