企業と環境問題、地域の活性化、そして伝統産業の再生——。
一見バラバラに見えるこれらのテーマを、ひとつの大きな視点でつなげながら探究を続けているのが、東京富士大学 経営学部の藤森大祐教授です。
藤森先生は、公害という社会問題から企業の環境対策に目を向け、地方の自然との出会いをきっかけに「地域の持つ力」に気づき、やがて都市・新宿に残る染色文化の継承や、サッカークラブとの地域連携など、多岐にわたるテーマに取り組んでこられています。
今回のインタビューでは、「環境とどう向き合うか」から始まった先生の研究の歩みと、学びの中にある“人とのつながり”や“問い続ける面白さ”についてお話を伺いました。
進路を考える高校生の皆さんにとって、学問との出会いがどんなふうに広がっていくのか。そのヒントが、きっとこの対話の中にあるはずです。
目次
環境と地域、そして人とのつながりを考える学び
― 本日はお忙しい中、ありがとうございます。本日は、学問の魅力を高校生に伝えるという目的で、藤森先生の研究についてお伺いできればと思っています。環境経営だけでなく、地域の活性化や、新宿の地場産業の研究など、幅広いテーマに取り組まれているとお聞きしています。
藤森先生:
はい!研究の話を高校生向けに、ということですので、少しざっくばらんにお話させてください。
私はもともと経営学が専門なのですが、1990年代後半ごろから環境に関心を持つようになりました。当時、私は地方の大学で教員としてのキャリアをスタートさせたのですが、その大学が本当に自然豊かなところにあって。学生時代は東京にいたのですが、その頃は正直言って「環境」のことはあまり意識したことがなかったのです。でも、いざ自然に囲まれて暮らしてみると、その豊かさに気づかされて、「環境とどう向き合うか」ということが自分の中で大きなテーマになりました。
そこから企業活動と環境というテーマにも関心を持つようになったのです。つまり、「環境問題」と「経済活動」、この両方をどう両立させるか。これは今でこそSDGsという言葉が浸透しつつありますけど、当時はあまり一般的なテーマではなかったですね。それで私は、研究するだけでなく、「っと学生たちに伝えなきゃいけない」と思うようになって、ごく自然に「企業と環境」というテーマに関わっていった感じです。
公害からはじまった環境経営の研究
― 先生が環境問題に関心を持たれるようになった、最初のきっかけについてもう少し詳しくお聞きしたいです。今のような気候変動やSDGsではなく、最初は「公害」から入られたと伺いました。
藤森先生:
そうです。今でこそ環境問題というと、気候変動やリサイクルといった話が中心になっていますけど、私が最初に取り組んだのは、むしろ昔の「公害」でした。過去の日本で実際に起きた公害をきちんと見ていかないと、人間が環境破壊を起こす本質的なところが理解できないと思ったのです。
なぜ人間は公害を引き起こすのか。どうして繰り返すのか。そんな問いから始まりました。そして日本は、自然が豊かな国だと言われているけど、実は豊かではあるけれど大切にしていないのではないかって。
― そうなんですね。地方に行くと、もっと自然が綺麗だろうとイメージしてしまいますが、実際は違うこともあるんですね。
藤森先生:
地方で働くようになって、以前から好きだった釣りの趣味を再開したのですが、田舎のある川を見たときに「思ったより水が綺麗じゃないし、ゴミも多い」って思ったんです。おそらく生活排水とか不法投棄とか、いろんなものが関係しているのでしょうけど、「これは意外と大事にされていないな」って思いました。
それで思ったのです。自然と人間(企業の活動)との関わりを真剣に考えていく必要があるなと。それからは、企業が起こしてきた環境破壊を詳しく調べるとともに、環境をどのように捉えるかという環境思想の研究などを行うようになったのです。
環境から「地域」へ――新たな問いの広がり
― 環境問題からさらに「地域」へと視野が広がっていったとお話しされていましたが、どのような経緯で地域に注目されるようになったのでしょうか?
藤森先生:
環境問題について考えていくなかで、次第にもうひとつ、大きな関心が芽生えてきました。それが「地域」という視点です。
豊かな自然はたいてい地方にあるわけです。しかし近年、大都市に人口が集中する一方で、地方はどんどん人口が減少し、衰退している。豊かな自然と便利な都市機能が両立することは難しいと思うのですが、地方は自然と共存するような独自の豊かさを創造していくべきだと思うのです。豊かな自然に囲まれた地方は、その地域ならではの活力に満ちているべきだと。そのような地方があることによって、都市に住む人々も自然の恵みを享受できると思うのです。
― なるほど、環境問題を突き詰めていった先に、地方と都市の関係が見えてくるということなんですね。
藤森先生:
まさにそうです。環境を守るということは、地域の暮らしを守ることでもあるし、地域そのものの価値を再発見することでもある。そういう思いが強くなって、次第に「地域の再生」や「地域の活性化」といったテーマに自然と興味が広がっていきました。
実際、今私が担当している授業のひとつに「地域活性化に関する講義」があるのですが、そこでは学生たちと一緒に、さまざまな地域の事例を取り上げて、「この地域では何がうまくいったのか?」「なぜその方法が効果的だったのか?」といった視点で考えてもらっています。
地域というのは本当に多様で、一つとして同じ場所はありません。だからこそ、ある場所でうまくいった方法を、別の地域にそのまま持ち込んでも通用しないことが多い。そこが難しくもあり、面白いところでもあります。
新宿の地場産業との出会い――伝統の技術・美意識への敬意
― 地域とのつながりというお話の中で、先生が現在勤められている新宿でも、思いがけない地場産業との出会いがあったと伺いました。そのあたり、詳しく教えていただけますか?
藤森先生:
「地域の価値を見直す」という視点で物事を考えるようになっていた頃、自分の働いている場所――つまり新宿という都市の中にも、案外知られていない地域の魅力があることに気づきました。
あるとき、大学地元の商店街の活性化に関わる機会があって、地域について詳しく調べることになったのです。そこで出会ったのが、新宿の高田馬場から落合、中井あたりにかけて残る「染色」という地場産業でした。
正直、それまで私はその存在をまったく知りませんでした。東京のど真ん中に、そんな伝統産業が根づいていたなんて思いもよらなかった。でも調べていくと、神田川や妙正寺川の流域を活かして、かつてこの辺りには多くの染物工房があり、「染のまち」と呼ばれていたことを知りました。
そして実際に工房を訪ねて、職人の方に現場を見せていただいたのですが……もう圧倒されましたね。江戸小紋や江戸更紗といった伝統的な染めの技法。その繊細さ、手間を惜しまない工程、美意識。どれも本当に見事で、「これは日本の誇るべき文化だ」と心から感じました。
― 一方で、そうした産業が今、危機に瀕しているという現実もあるんですよね。
藤森先生:
まさにそこなんです。日本人の着物離れ、そして後継者不足。職人さんたちも高齢化が進んでいて、「この技術があと何十年残せるのか…」という切実な声もありました。
これは本当に残念なことです。でも一方で、そういう「技術・美意識・文化」に出会えたことは、大きなきっかけになりました。「大学として何かできないだろうか」と考えるようになったのです。
教育機関には、知識や技術を次の世代に伝える役割があります。ならば、この地域に残る伝統産業についても、学生たちと一緒に学び、何らかの形で継承や再生に関われるはずだ――そう考えるようになりました。
そして立ち上げたのが、「Shinjuku Re 和 style project」(リワスタ)です。
― “Re 和 style”、とても印象的な名前ですね。どういった意味が込められているのでしょうか?
藤森先生:
「Re」は再生、「和」は和の文化。つまり、和のサステナブルな伝統を、現代の暮らしにマッチした形で再生していこうという意味を込めています。古いものをそのまま維持するのではなく、今の感覚に合った形で活かすことを考えたいのです。文化の遺産ではなく、日常の中で継続していかないと、これから先も生き続けていくことはできないと思います。
元来、日本の着物は何度も染め直し、傷んできたら別の物に縫い直し、最後は雑巾になるまで徹底的に大切に使ってきました。とてもサステナブルなライフスタイルがもともと日本にはあったのです。そのような考え方、技術を現代のライフスタイルに適した形で生まれ変わらせ、活かしていきたいと考えたのです。
たとえば私たちは、普段なら捨ててしまうような素材――コーヒーの出がらしや玉ねぎの皮などを使って染色を行う活動をしています。これが本当にきれいに染まるんです。しかも環境にも優しい。
学生たちも工房で染めを体験して、布が目の前で鮮やかに染まっていく様子を見て、とても感動します。学園祭では、学生たちが染めのワークショップを自ら担当します。「これ、玉ねぎの皮で染めたんですよ! こんなに鮮やかに染まるなんて驚きですよね!」と来場者に嬉しそうに説明していてね。ああいう姿を見ると、本当にやってよかったなと思います。
やっぱり、体験を通じて学ぶことって、知識だけでなく心に残りますし、それが「学びの原点」でもあるのだと改めて感じました。この体験を通して、普段捨ててしまっている物でも価値があるのだということが理解できますし、それを他の人にも伝えていく楽しさを味わうことができます。
なお、新宿区の中井地区では、毎年2月末に「染の小道」という地域イベントが行われていて、3日間で1万人以上の人が訪れる人気のイベントに成長しているのですが、このイベントに3年ほど前から本学の学生たちがボランティアで参加しています。「染」というコンテンツを軸に地域の人々と学生たちが共に活動する素敵なイベントです。ぜひ一度見にきていただきたいと思います。
スポーツの力で地域をつなぐ、新たな挑戦
―それでは、今後の活動の展望などをお聞かせいただけますでしょうか?
藤森先生:
今、もう一つ取り組み始めているのが、地域スポーツとの連携を通じた地域活性化です。
新宿には「クリアソン新宿」というサッカークラブがあります。JFLというカテゴリーに所属している地元新宿のサッカークラブですが、地域密着型の運営をしていて、いろんな地元活動にも積極的に取り組んでいます。
先ほど紹介したイベント「染の小道」がご縁で、このチームの選手と知り合いになり、「一緒に地域のために何かできませんか」と話すようになりました。まだ構想段階ですが、これから大学と地域スポーツチームが連携して、地元を盛り上げていくような活動を進めて行ければと考えています。
スポーツの持つ力って、本当に大きいんですよね。とくに地方では、サッカーチームや野球チーム、バスケットボールチームなどが、そのまま「まちのシンボル」になっていることもあります。応援することで地域に一体感が生まれるし、試合やイベントを通して人が集まる。これは観光資源としても、地域づくりのきっかけとしても、非常に価値があると思っています。
― たしかに、スポーツと伝統産業というのは一見まったく違う分野のようですが、どちらも「地域と人をつなぐ」という点では共通していますよね。
藤森先生:
どちらも、人の心を動かす力がある。学生にとっても地域にとってもいい循環が生まれるのではないかと思っています。また、一つの成功事例ができれば、それを他の地域に横展開していくことも可能だと考えています。
実際に、行政に関わる仕事を志望している学生や、地域課題に関心を持っている学生も多いので、そういう学生には「今、現場で何が起きているか」を見てもらいたい。机の上の勉強だけではなく、地域の人たちと一緒に汗をかきながら考える、そういう学びの場を提供していきたいですね。
終わりのない問いと、学びの楽しさ
― ここまで様々なお話を伺ってきましたが、先生にとって、研究を続けていく中で感じる喜びや、達成感のようなものって、どのようなところにあるんでしょうか?
藤森先生:
うーん……「達成感」っていう感じでは、あまりないんですよね。というのも、研究って終わりがないんです。どこまでやっても「これで終わり」という区切りがなくて。常に次から次へと面白いこと、知りたいことが出てきて、止まらないんですよ。
自分が「知りたい」「問題を解決したい」という気持ちでワクワクしながら追いかけている。何かひとつ分かると、そこからまた次のテーマが見えてくる。それが楽しくて、自然と続けている感じですね。
― なるほど。まさに「学問そのものの楽しさ」ですね!それでは最後にこの分野に興味を持つ高校生にメッセージをお願いします。
藤森先生:
そうですね……環境経営にしても、地域活性化にしても、「誰かのために」「社会のために」っていう「思い」がすごく関わってくる分野です。だから、たとえば「誰かを喜ばせたい」「困っている人を助けたい」「汚れた場所をきれいにしたい」「美しいものを守りたい」といった「貢献したい」気持ちを持っている人は、すごく向いていると思います。
それから、新しいものを楽しいと思える好奇心や、課題を解決することにワクワクできる感性も大事ですね。そういった「貢献意欲」と「探求心」の両方を持っている学生には、ぜひこの分野に触れてもらいたいですね。
まとめ
藤森先生のお話を通して見えてきたのは、「環境を守る」というテーマが、実はとても身近で、人とのつながりや地域の暮らしにも深く関わっているということでした。
「自然が好き」「人の役に立ちたい」「何かをきれいにしたい」
そんな気持ちから始まる学びが、やがて公害、地域再生、伝統技術の継承、そしてスポーツとの連携など、多彩なテーマにつながっていく。学問とは、知識を積み重ねるだけでなく、「問いを持ち続けること」そのものなんだと教えていただきました。
高校生の今、やりたいことがまだはっきりしていなくても大丈夫。
ふとした関心や違和感を見逃さず、大事に育てていくことが、未来の自分につながっていくのかもしれません。