高校生にとって、大学でどのような学問が学べるのかを知ることは、進路選択の大きなヒントになります。連載コラム「大学で学べる学問を知ろう」では、各分野の専門家にインタビューを行い、学問の魅力を探ります。
今回のテーマは「心理学」。人の心の発達や親子関係の心理に焦点を当て、東京未来大学こども心理学部の井梅 由美子准教授にお話を伺いました。井梅先生は、臨床心理学を専門とし、親子の関係や子育て支援について研究を続けています。また、臨床心理士としての経験を活かし、現場での実践にも携わってきました。
心理学は、単に「心の仕組みを学ぶ」だけではなく、子どもの成長や教育、さらには社会の課題を解決する手がかりにもなります。スポーツや中学受験など、私たちに身近な場面でも、心理学の視点が深く関わっていることをご存じでしょうか? 今回のインタビューを通じて、心理学の学びがどのように社会と結びついているのかを探っていきます。
目次
井梅先生所属の東京未来大学について
東京未来大学は、東京都足立区にキャンパスを構える私立大学で、2007年に設立されました。設置者は学校法人三幸学園で、「技能と心の調和」を教育理念とし、専門的知識と豊かな人間性を兼ね備えた社会人の育成を目指しています。
同大学には、こども心理学部とモチベーション行動科学部の2つの学部が設置されています。こども心理学部では、保育学・教育学と心理学を融合させたカリキュラムを提供し、こども保育・教育専攻と心理専攻の2つの専攻があります。モチベーション行動科学部では、心理学、経営学、教育学の3領域を複合的に学び、実社会で活躍できる人材の育成を目指しています。
東京未来大学の特徴として、学生一人ひとりに寄り添うサポート体制が挙げられます。キャンパスアドバイザー制度を導入し、学生の成長を伴走するパートナーとして、入学前から卒業後まで生涯にわたり支援を行っています。また、インターンシップや地域連携プロジェクト、産学連携プロジェクトなど、実践的な学びの機会を豊富に提供し、社会で即戦力として活躍できる人材の育成に力を入れています。
発達心理学と臨床心理学の違いについて
― 先生のご専門についてですが、心理学の中でも発達心理学や臨床心理学を専門にされていると思います。まずは、それぞれどのような学問なのか教えていただけますでしょうか?
井梅先生:
心理学と一言で言っても、実はさまざまな分野があります。その中で、私はもともと臨床心理学を専門としていました。発達心理学とも関わっていますが、まずは臨床心理学について説明しますね。
臨床心理学というのは、心の治療やカウンセリングを通じて人を支援する学問です。例えば、スクールカウンセラーのように学校で生徒の相談に乗る専門家や、病院で心のケアを提供する心理士の仕事がこれに当たります。私自身も、以前は病院で臨床心理士として勤務していました。現在は大学で教える立場になっていますが、これまでの経験をもとに、学生の指導にも臨床心理学の視点を取り入れています。
臨床心理学は非常に実践的な分野で、心理療法やカウンセリングの技法を学ぶことが中心になります。心の病やストレスに対するケアを行うための学問ですね。
― なるほど。心理学にも、実践的なものと理論的なものがあるのですね。発達心理学についても教えていただけますか?
井梅先生:
はい。発達心理学は、人の成長や発達の過程を研究する学問です。年齢による心の変化や、環境がどのように発達に影響を与えるのかを考察します。
ただ、発達心理学も決して理論だけの学問ではありません。例えば、教育現場では、子どもの発達段階に応じた適切な指導が求められますし、反抗期などの成長過程を理解することも教育心理学として重要です。先生を目指す人たちが学ぶ「教育心理学」も、発達心理学の一部として考えられます。
発達心理学では、「人の育ちの過程」を一生のスパンで研究します。例えば、幼児期の心理的な発達、思春期の反抗期、老年期の心理的変化など、人生のあらゆる段階でどのように心が変化するのかを分析します。
また、発達心理学は臨床心理学とも深く関わっています。例えば、子どもの成長の中で起こる「つまずき」に対して、それが一時的なものなのか、それとも治療が必要な状態なのかを判断するのも発達心理学の視点は重要です。そのため、私の研究では、臨床心理学と発達心理学の両方の視点を取り入れながら、子どもの心の成長や親子関係を研究することが多いですね。
― 発達心理学と臨床心理学は、密接に関連しているのですね。
井梅先生:
そうですね。発達心理学は「人がどのように育っていくのか」を研究し、臨床心理学は「その過程で生じる心の問題をどう支援するか」を考える学問です。どちらも人の心理を理解するうえで欠かせない分野ですね。
心理学を志したきっかけ
― 先生が心理学の道に進まれたきっかけは何だったのでしょうか?
井梅先生:
そうですね。やっぱり高校生ぐらいの頃に進路を考え始めたときですね。心理学という学問は、今の高校生にもそうかもしれませんが、「就職に直結しにくい」と言われることが多いんです。実際、私も周囲の大人から「心理学に進んでも仕事に結びつかないんじゃない?」と言われたことがありました。
それでも、私はもともと対人援助職に興味を持っていたので、人の心を理解し、支えるような仕事がしたいと考えていました。特に、中学生から高校生にかけて、カウンセラーの仕事に関心を持ち始めたんです。最初は漠然としていましたが、「人の話を聞いて、悩みを解決する手助けをする仕事って素敵だな」と思うようになりました。
ただ、実際に進路を決める段階では「心理学に進んでも本当に仕事になるのか?」という不安もありました。特に心理士になるには大学院まで進む必要があるため、学ぶ期間も長くなります。そのため、正直なところ、最初は少し迷いもありましたね。
― 今の高校生も、進路を考えるときに「就職に直結するかどうか」を重視する傾向がありますね。
井梅先生:
そうですね。私も今、高校への出張講義をする機会があるのですが、そのときに心理学に興味を持つ生徒さんと話すことがあります。カウンセラーになりたいと考えて心理学を志す生徒も多いですが、「心理士になるには大学院まで行かないといけない」と聞いて悩む子も少なくありません。実際、大学に入学するときはカウンセラー志望だったけど、途中で進路を変更する学生も一定数います。
でも、私は心理学は心理士(カウンセラー)になるためだけでなく、さまざまな分野で活かせる学問だと思っています。例えば、心理学ではデータ分析や統計の知識も学びます。これは、企業のマーケティングや人事の分野でも役立ちます。つまり、「心理学=カウンセラー」というイメージだけで考えずに、もっと広い視点でとらえることが大事なんですね。
― 確かに、心理学は幅広い分野で活用できそうですね。
井梅先生:
はい。例えば、企業に就職してデータ分析を行う仕事に就く人もいれば、教育現場で発達心理学の知識を活かす人もいます。実際、心理学を学んだ学生の進路は多岐にわたります。だから、「心理学を学ぶ=カウンセラーになる」だけではなく、さまざまな可能性があるということを、高校生にも知ってほしいですね。
スポーツと親子関係の研究
― 先生の研究の中で、スポーツと子どもの心理の関係について興味深く拝見しました。特に、親の関わり方が子どものスポーツ継続に影響を与えるという点が印象的でした。
井梅先生:
はい。スポーツに関する研究は、今も継続して行っています。ただ、私たちが扱っているのは、いわゆる「スポーツ心理学」のような選手のパフォーマンス向上のための研究ではありません。どちらかというと、スポーツを通じた親子関係の心理的な影響に焦点を当てているんです。
― なるほど。先生がスポーツと心理学の関係に着目された理由は何だったのでしょうか?
井梅先生:
私の専門は臨床心理学であり、もともと親子関係の研究をしていました。その中で、スポーツが親子関係に与える影響に興味を持つようになったんです。特に、スポーツが原因で子どもがバーンアウトしてしまうケースや、親の関わり方が子どもの競技継続に大きな影響を与えるという点に注目しました。
スポーツをしている子どもが、楽しんで続けられるかどうかは、技術や才能だけで決まるわけではありません。親の応援の仕方や期待のかけ方によって、プレッシャーを感じたり、やる気を失ったりすることがあるんです。 そういった心理的要因が、スポーツ継続の成否にどう関わるのかを研究するようになりました。
― 確かに、少年野球やサッカーなどの場面では、親が熱心に指導する姿をよく目にしますね。
井梅先生:
そうですね。親としては「子どものため」と思っていることが、実は逆効果になってしまうこともあります。声かけの方法によって、子どもの心理的な負担は大きく変わります。
また、最近はスポーツと並行して中学受験の研究も進めています。
― スポーツと同じように、親子関係が影響するということでしょうか?
井梅先生:
はい。スポーツと同じように、受験もまた親子関係が非常に密接に関わる分野です。特に中学受験は、親子が一緒に取り組むことが多く、その過程で心理的な負担が生じやすいんです。スポーツの研究を進めている中で、「勉強も同じような構造があるのではないか?」と考え、研究テーマを広げることにしました。
― 確かに、中学受験では親が強く関与する場面が多いですね。
井梅先生:
そうなんです。スポーツと同じで、親が「子どものために」と思っていることが、時には子どもにとって負担になってしまうことがあります。
親子関係の心理的影響
― これまでの研究の中で、特に印象的だったことはありますか?
井梅先生:
そうですね。やはり、親御さん自身が大きな心理的負担を抱えていることがとても印象的でした。子ども側の視点では、親の期待が強すぎることでプレッシャーになり、学業やスポーツに対するストレスが増すという話になりがちですが、実は親もまた、「子どものために良かれと思って」努力している中で、無意識のうちに自分自身を追い詰めてしまっているのです。
たとえば、中学受験の研究では、親の期待が強くなるほど、子どものストレスも高まる傾向が見られました。ただ、それと同時に、親自身も「子どもの将来のために」と必死になっているんですね。受験期になると、親の方が先に精神的に疲れてしまうなど、焦燥感を抱えるケースも少なくありません。その焦りが、結果として「もっと勉強しなさい」と強い口調になったり、子どもに過剰なプレッシャーをかけてしまうことにつながるのです。
― 親もまた、強いプレッシャーの中にいるということですね?
井梅先生:
はい、まさにそうです。そして、そのプレッシャーを生む要因の一つとして、ママ友など周囲の人との人間関係や、「夫婦関係の影響」が挙げられます。中学受験のデータを見ると、夫婦関係が良好でない場合、親の不安が高まりやすく、それが子どもへの過剰な期待や干渉につながることなどが分かっています。
たとえば、夫婦の間で受験や進路に対する意見が異なっていると、どちらかの親が「自分がしっかりしなければ」と過剰に責任を感じ、結果として子どもに厳しく接することがあります。また、家庭内でストレスを抱えていると、その不安を埋めるかのように、子どもに高い成果を求めるケースもあります。
― 親御さん自身の幼少期の経験も、子どもへの関わり方に影響するのでしょうか?
井梅先生:
はい、「世代間伝達」という現象があります。これは、親が自分の育てられ方を、そのまま自分の子どもにも適用してしまうという傾向のことを指します。たとえば、厳しく育てられた親は、自分の子どもにも厳しく接しやすい、ということがあります。
ただし、これらはすべての親に当てはまるわけではありません。「自分は厳しく育てられたけれど、子どもにはもっと自由に育ってほしい」と考える親もいます。ですので、世代間伝達は傾向としては強くありますが、必ずしもすべての親がそのまま受け継ぐわけではないという点も重要です。
― なるほど。こうした要因が複雑に絡み合って、受験期の親子関係が形成されていくのですね。
井梅先生:
そうですね。今後の研究では、「親のストレスをどう軽減するか」「親子のコミュニケーションをどう改善するか」といった、より具体的な解決策についても考えていきたいと思っています。子どもへのケアはもちろん重要ですが、それと同じくらい、親御さんの心理的負担を軽減することも大切です。
将来的な課題と親子関係の支援
― 先生の研究テーマとして、今後も引き続き「親子関係の支援」が中心になっていくという認識でよろしいでしょうか?
井梅先生:
はい、そうですね。私の研究の出発点は、小児科のカウンセラーとして不登校などの子どもたちと関わった経験から来ています。小児科には、子ども自身が「学校に行けない」「どうしていいか分からない」と悩んでいるケースが多くありますが、そうした問題には親御さんの悩みや葛藤も深く関係していることが分かりました。親子の思いはお互いにあるのに、それがかみ合わずにうまくいかない、というケースが非常に多かったです。
そうした家庭の困難を目の当たりにする中で、「どうにもならなくなってしまった親子を支援するだけではなく、そうなる前に何かできないか?」という思いが強くなりました。そこから、親子関係の心理的負担を軽減するための研究を進めるようになり、現在のスポーツや受験をテーマにした研究にもつながっています。
― 予防的なアプローチを重視されているのですね?
井梅先生:
はい、まさにそうです。スポーツの研究にしても、中学受験の研究にしても、「親子関係が悪化する前にどう支援できるか」を考えるのが大きなテーマになっています。たとえば、スポーツ分野では「ペアレントトレーニング」といった、親御さん向けの関わり方の教育を取り入れたりしています。
また、受験に関しても、「親がどのような声かけをすれば、子どもが追い詰められずに済むか」といったポイントを研究しています。受験勉強においては、親子の関係性が悪化しやすく、特に親の期待と子どものプレッシャーがどのように作用し合うのかを分析することで、より良い関わり方を提案できるのではないかと考えています。
― こうした研究を進めていく中で、今後特に社会的に大きな課題となりそうなものはありますか?
井梅先生:
そうですね。大きな社会的課題としては、「子育てのしづらさ」が挙げられると思います。
これは少子化とも深く関わっている問題です。少子化の原因はさまざまですが、特に「子育ての負担が大きすぎる」という点が、子どもを持つことをためらう理由の一つになっています。
― 具体的に、どういった点で子育てがしづらくなっていると感じますか?
井梅先生:
今の社会では、子育ての責任が親だけに集中してしまっていることが大きな問題だと感じています。昔は地域全体で子どもを育てる意識がありましたが、今は「親がすべての責任を負うべき」という風潮が強くなり、周囲が手を差し伸べづらくなっているんですね。
たとえば、公共の場で子どもが泣いていたり、悪さしたりしたときに、周囲の人が声をかけることが少なくなっています。昔なら、近くにいる大人があやしてくれたり、悪さしていたら「こら、そんなことするもんじゃない!お母さんを困らせたら行けないよ」と叱ってくれたりしたでしょうが、今は「親がなんとかすべき」と考えられがちです。あるいは、周囲の人も「余計な口を出さない方がいいのでは」と遠慮してしまう風潮もあるため、子育てがどんどん孤立しやすくなっていると感じます。
― そうした社会の変化が、少子化にも影響しているのでしょうか?
井梅先生:
はい。親にかかる負担が大きすぎると、「子育てが大変すぎるなら、子どもを持たない方がいい」と考える人が増えてしまうんですね。これは少子化の一因にもなっていると思いますし、親子関係が煮詰まる原因にもなってしまうんです。
― たしかに、経済的な負担だけでなく、精神的な負担も大きいとなると、子どもを持つことのハードルがますます高くなりますね。
井梅先生:
そうです。だからこそ、「子育ては親だけの責任ではなく、社会全体で支えるべきものだ」という意識を広めることが重要だと考えています。現在は、スポーツや受験など、特定の分野で親子関係の課題にアプローチしていますが、将来的にはより広い視点から「子育て全体の負担を軽減する仕組み」についても考えていきたいと思っています。
心理学の魅力
― 先生の研究を伺っていると、心理学は「親子関係」や「社会の課題」と密接に関わっていることが分かります。これから大学に進む高校生にとっても、こうした学問は魅力的に思えてきます。
井梅先生:
そうですね。親子関係の問題というのは、誰にとっても身近なテーマです。高校生にとっても、決して他人事ではなく、自分自身の家庭環境やこれまでの成長を振り返るきっかけにもなると思います。
心理学は、「自分ごと」として考えられる学問でもあり、同時に、社会全体の課題を理解する学問でもあります。親子の関係や教育、子育て支援など、多くの分野と関わりがあるため、自分の関心に応じて幅広く学ぶことができるのも魅力の一つです。
心理学を専攻する学生の中には、「自分自身の心理を理解したくて」学ぶ人もいれば、「社会で対人援助職として役立ちたい」と考えて学ぶ人もいます。そうした多様な目的のもとで学ぶことができるのも、心理学の面白いところですね。
まとめ
今回のインタビューを通して、心理学がスポーツや受験、子育てなど、身近なテーマと深く関わっていることがわかりました。
心理学を学ぶことは、「カウンセラーになるため」だけではなく、人の心を理解し、より良い関係を築くための手助けになる学問です。
学生にとっても、心理学は自分自身や周囲の人間関係を考えるきっかけになる学問かもしれません。
興味を持ったら、ぜひ連絡を取って、大学を訪ねてみるのもよいでしょう。