高校生にとって、大学でどのような学問が学べるのかを知ることは、進路選択の大きなヒントとなります。連載コラム「大学で学べる学問を知ろう」では、各分野の最前線で活躍する専門家にインタビューし、学問の魅力やその背景に迫ります。
今回は、味覚・嗅覚・咀嚼力の変化の研究から、宇宙食の開発、さらには平衡機能や宇宙酔いに至る、幅広い分野で活躍される片山先生にお話を伺いました。
工学からキャリアをスタートさせ、調理や栄養学、そして宇宙医学へと道を広げた片山先生の独自の歩みは、「好き」を追求する情熱が未来を切り拓く好例です。インタビューでは、先生がこれまで歩んできた人生をお伺いしながら、「過去の経験」がいかに「今のキャリア」に結び付くのか、その魅力と可能性に迫ります。
目次
片山先生の研究分野とは?
— まず、先生が現在取り組まれている研究について教えていただけますか?
片山先生:
現在は、味覚・嗅覚・咀嚼力の変化について、年代ごとの違いや都市部と地方での比較を行う研究を進めています。これは、前向きコホート研究といって、毎年同じ対象者や地域の方々に協力してもらい、長期的にデータを集める方法です。
また、宇宙食の研究にも取り組んでおり、将来の有人宇宙飛行や月・火星移住を想定したライフサポートシステムの開発を進めています。例えば、ハーブや昆虫を活用した宇宙食の研究も行っています。宇宙では食材の保存や栄養管理が非常に重要なので、単なる食事の確保ではなく、「食べることで健康を維持し、病気を防ぐ」視点が求められます。
さらに、平衡機能に関する研究も行っています。具体的には、宇宙酔いを耳石・三半規管への影響で調べる研究で、重心動揺検査や眼振検査、前庭誘発筋電位検査(VEMP)などを活用し、宇宙飛行士が無重力環境でどのような影響を受けるのかを調べています。
— 宇宙食の研究だけでなく、人体への影響まで幅広く研究されているのですね。
片山先生:
そうですね。宇宙では地球上とは異なる環境で生活しなければならないため、食事だけでなく、人間の生理的な反応まで包括的に研究する必要があります。宇宙空間で健康を維持することは、人類が将来、宇宙で長期滞在するための重要な要素なんです。
「つまらない」から始まった、新たな道
— 先生のキャリアはとてもユニークですが、最初は工学を学ばれていたんですよね?
片山先生:
私はまず北見工業大学工学部環境工学科を卒業して、その後東京工業大学大学院の研究生となりました。そこから研究の道に進むことになり、水処理会社の栗田工業総合研究所の研究員として働きました。でさらにその後、東京女子医科大学で研究助手をしていました。
でも、途中で結婚をして、東京から名古屋に引っ越すことになったんです。それで、いったん主婦になったんですが……つまらないじゃないですか?(笑)
— なるほど(笑)。そこから料理の道に?
片山先生:
そうなんです。「せっかくだから料理でも覚えようかな」と思って、調理師学校に入ったんです。でも、前期が終わった頃に、主人が突然「アメリカへ行くぞ」と言い出しまして。「え? ちょっと待って、 本当に行くの?」って驚きましたよ。でも、結局ついて行くことにしたんです。
それで、主人はカリフォルニア大学デービス校(UC Davis)に行くことになりました。
でも、ここでまた問題が。「ただついて行くだけって、どうなの?」と思いましてね。それで、TOEFLを受けて、私もカリフォルニア大学デービス校で学ぶことになったんです。
カリフォルニア大学デービス校での衝撃
— すごい行動力ですね! そこでは何を学ばれたんですか?
片山先生:
もともと私は工学系だったので、カリキュラムを組んでくれる先生と相談しました。すると、「あなた、化学と物理ばっかりですね。生物は?」と聞かれました。「生物、やったことないです」と答えたら、「でもデービスはアメリカでもトップクラスの栄養学の学校ですよ?」と言われて。
そこで、「それは面白いですね!」と、栄養学を学ぶことにしました。ちょうど私は日本の調理師学校にも通っていましたし、料理と栄養は関係が深いですからね。でも、生物系の基礎知識がまったくなかったので、生化学、生理学、遺伝学、動物学などもゼロから学びました。実験の授業も取って、獣医学の学生とも仲良くなりました。
年齢も立場も関係ない、「学びたい人が学ぶ」環境
— アメリカの大学って、日本と雰囲気が違いそうですね?
片山先生:
全然違いますね! 日本では「18歳で大学に行く」のが一般的ですが、アメリカでは「働いてお金を貯めてから大学に行く」のも普通なんです。
例えば、50歳のお母さんと20歳の娘さんが親子で大学に通っていたり、逆に16歳や17歳の飛び級の学生もいたりして、本当に年齢がバラバラでした。お母さんに「なぜ今、大学に?」と聞くと、「若い頃は学びたくても働かなくちゃいけなくて。でも娘も自立したから、今度は私の番」と言っていて。すごいなぁと思いました。
先生も「年齢なんか関係ない、大学は知を求める人のための場所だ」と言っていて、それがすごく印象に残っています。
「あなたの宗教は?」から始まる栄養学の授業
— 先生が学ばれた栄養学の授業、特に印象に残っているものはありますか?
片山先生:
ありますよ! 一番最初の授業で、先生がこう言ったんです。
「あなたの宗教は何ですか?」
— え? 栄養学なのに、宗教ですか?
片山先生:
そうなんですよ。私も最初、「えっ?」と思いました。でも、先生の説明を聞いて納得しました。
「食べていいもの、ダメなものは宗教によって違う。だから、まず自分の宗教について調べなさい。食文化や調理方法も含めて、レポートを書いてきなさい」って。
私はそこで初めて「自分の宗教って何?」と考えました。でも、日本人って、お正月は神社に行くし、七五三やひな祭りもやるし、お盆もやる。でもクリスマスも楽しむ。ある意味「何でもウェルカム」なんですよね。
それをアメリカのクラスで発表したら、「日本人はなんて自由なんだ!」ってびっくりされました(笑)。「え? 食べちゃダメなもの、何もないの?」って。そう考えると、日本の食文化ってすごくユニークなんですよ。
「災害時に持っていくべき食事」とは?
片山先生:
宗教の話が終わると、次の課題が出ました。
「今、ある国で災害が起こった。あなたは何を食料として持っていきますか?」
これが意外と難しいんです。食べ慣れていないものは、どんなに栄養価が高くても受け入れられません。先生が言ったのは、
「ユニバーサルな食事が必要だ」
ということ。
つまり、宗教的な制約がなく、アレルギーのリスクが低く、誰もが一度は食べたことがある食べ物でなければいけない。そうでないと、せっかく持って行っても、現地の人は手をつけないし、ただのゴミになってしまうんです。
例えば、海苔なんて、海外の人は見たこともないし、食べようともしませんよ。だからこそ、「国や文化を考えたうえで食事を提供する」ことが大事なんだと学びました。
「好きな食べ物を3ヶ月間禁止する」実験
— 他にもユニークな授業はありましたか?
片山先生:
ありましたよ! ある授業で先生がこう言ったんです。
「この3ヶ月間、あなたの一番好きな食べ物を絶対に食べないでください。もし食べてしまったら、正直に申告すること」
私は大のチョコレート好きなので、「チョコレートを禁止します」と宣言しました。最初は順調だったんですが……ある日、すでにこの実験から脱落していた友人たちとパーティーをしていたときに、うまく誘導されてしまって…。気がついたらチョコレートを口に入れてしまっていたんです。
次の授業で「先生、すみません、チョコレートを食べてしまいました」と正直に申告しました。すると、先生は大笑いしながらこう言ったんです。
「良かったね! ほら、やっぱり好きなものを禁止するなんて無理でしょう?」
— なるほど……!
片山先生:
そのとき、先生は続けてこう言いました。
「あんた、きっといい栄養士になるよ」
私はその言葉がすごく印象に残っています。食事というのは、単なる栄養の摂取ではなく、人の心にも大きく影響を与えるものです。「好きなものを食べてはいけない」と絶対に制限するのは、誰にとってもつらいことなんだと、身をもって知りました。
だからこそ、私は「どうやったら好きなものを楽しみながら、健康的に食べられるか」を考える栄養学を研究したいと思うようになったんです。
宇宙飛行士との出会いと宇宙医学研究への転機
— アメリカでの研究を経て、日本に戻られてからはどのような道を進まれたのでしょうか?
片山先生:
アメリカから戻ってきた当時、私の夫が名古屋大学の農学部で准教授になったこともあり、自然と名古屋大学で学び直すのが良いのではと思いました。そこで医学部に行き、「修士や博士の学位を取得できますか?」と相談したんです。すると、「医学部には修士課程がないから、博士を目指すならまずは修士をどこか別の大学で取っておいで」と言われました。
そこで、岐阜大学の農学部 に進みました。農学部といっても、宇宙関連の研究ができる環境が整っていたんです。そこでは、「リチウムを使った二酸化炭素のトラップシステムに関する研究を行い、最終的にラットを使った動物実験でリチウム(宇宙船の中で揮発して呼吸を通して体内に入ってしまう可能性がある)の人体への影響を調べました。その結果、リチウムが生殖機能や臓器に与える影響を明らかにし、国際学会で発表したことで修士号を取得しました。
その後名古屋大学医学部の環境医学研究所宇宙医学実験センターに移り、博士課程に進むことになりました。ここで私の研究は一気に宇宙医学へとシフトしていくことになります。
— 具体的にはどのような研究をされていたのでしょうか?
片山先生:
名古屋大学の宇宙医学実験センターは、日本の宇宙医学研究の中心地の一つでした。特に「宇宙酔い」に関する研究が盛んに行われています。宇宙酔いとは、無重力環境で耳石・三半規管・体性感覚のバランスが乱れることで起こる症状のことです。この研究に携わることで、私は宇宙飛行士の生理学的な課題について深く学ぶことができました。
実際に、当時の日本の宇宙飛行士 たちも研究の協力者として訪れていました。その中には現在も活躍されている方々がいて、彼らの協力のもと、人間の耳石の変化を眼振を測定することで調べる実験を行いました。
名古屋大学の施設には「直線加速度負荷装置」という、日本で最も大きな実験設備があります。これは、宇宙における加速度変化を再現する装置で、ここで得られたデータが宇宙医学の重要な研究成果として蓄積されていきました。こうした環境の中で、私は人間の生理機能が宇宙環境でどう変化するのかを研究していったのです。
パラボリックフライトへの挑戦
— 宇宙医学の研究では、実際に微小重力環境を体験する機会もあったのでしょうか?
片山先生:
はい、パラボリックフライト(放物線飛行) にも参加しました。これは、飛行機を急上昇させた後、エンジンを切って自由落下させることで、約20秒間の無重力状態を作り出す実験です。
通常、この飛行を1回の実験で15回ほど繰り返すのですが、多くの人は気分が悪くなります。実際、他の研究者たちはフライトの後、ぐったりしてしまい食事も取れない状態でした。でも、私はまったく酔わなかったんです。
飛行後、パイロットと一緒に「お腹すきましたね!」と言いながら、普通にご飯を食べていました(笑)。パイロットからも「本当に酔わないんですね」と驚かれましたね。この経験から、「もしかしたら私は宇宙向きの体質かもしれない」と思ったくらいです。
こうした経験を通して、宇宙における人間の生理的変化に対する興味がますます深まりました。最初は「栄養学」から入った研究でしたが、最終的に「宇宙」へと広がっていったんです。
宇宙食研究への道
— 宇宙酔いや平衡機能の研究から、宇宙食の研究へと発展していったのですね?
片山先生:
はい、宇宙医学の研究を進める中で、「人間が宇宙で健康に生きるためには何が必要か」を考えるようになりました。宇宙酔いの研究では、無重力が身体に与える影響を調べていましたが、それと同じくらい重要なのが「食事」だったんです。
宇宙飛行士は長期間、限られた食材や環境の中で生活しなければなりません。すると、栄養バランスを考えるだけでなく、心理的な側面も考慮する必要があります。たとえば、宇宙食に飽きてしまうと、食欲が落ち、結果として体調を崩してしまうこともあります。そこで、ただ栄養価の高い食事を提供するだけでなく、「美味しく、飽きがこず、文化的背景も考慮した宇宙食」が求められるようになりました。
— その視点は、先ほどの「災害時のユニバーサルな食事」にも通じるものがありますね。
片山先生:
まさにそうなんです! アメリカの授業で「宗教や文化を考えずに食事を提供しても受け入れられない」と学びましたが、それは宇宙でも同じです。たとえば、イスラム教の宇宙飛行士が食べられるように「ハラール対応」の宇宙食を作るなど、細かな配慮が必要になります。
宇宙食の開発と未来への展望
— 先生の研究では、どのような宇宙食の開発を行っているのですか?
片山先生:
現在、ハーブや昆虫を活用した宇宙食の研究を進めています。特に、宇宙空間での食糧生産を考えると、「自給自足できるシステム」が求められるようになります。そのため、宇宙での植物栽培や、栄養価の高い昆虫食の可能性を探っています。
また、単に食べるだけでなく「食事によって健康を維持し、病気を予防する」ことも大切です。例えば、以下のような研究を進めています。
- 骨密度低下を防ぐ食事(カルシウムの吸収を助ける食材の研究)
- 高血圧予防のための減塩食(香草や薬草を利用した減塩メニュー)
- 高血糖を防ぐ食事(食物繊維の多い食品や、お酢・良質な油を活用)
- 時間栄養学に基づいた食事のタイミング(代謝リズムに合わせた食事摂取)
宇宙飛行士が単に「生きるために食べる」のではなく、「食事によって健康を維持できる」ようなシステムを作ることが目標です。
未来の宇宙食—人類の宇宙進出を支える食文化
— 今後、先生が目指している宇宙食の未来とは?
片山先生:
私の研究の最終的な目標は、「医食同源」の考え方を宇宙で実現することです。宇宙での食事によって、健康が維持され、病気の予防や治療まで可能になるようなシステムを構築したいと考えています。
また、宇宙食の研究は、地球上の食糧問題の解決にもつながります。例えば、長期間保存できる食品技術は、災害時の備蓄食や、食料不足の地域への支援にも応用できます。さらに、栄養価の高い昆虫食の開発は、未来のタンパク源として地球規模で役立つ可能性があります。
高校生へのメッセージ—「好き 」を突き詰めることが未来につながる
— 最後に、高校生に向けてメッセージをお願いします。
片山先生:
私は、もともと工学からキャリアをスタートさせ、栄養学、医学、宇宙研究と、さまざまな分野を経て今に至ります。振り返ってみると、すべては「好き」や「面白い」と思ったことを突き詰めてきた結果なんです。
だから、高校生のみなさんには、まず「好きなことを見つけて、それをとことん追求してほしい」と伝えたいですね。大学や研究の世界は、思っている以上に自由です。実際に研究室を訪れたり、先生に話を聞きに行ったりすれば、新しい発見があるかもしれません。
「こんなことを研究したい!」という気持ちがあれば、必ずどこかにその道があります。大学の先生たちは、学問を求める人たちのために門戸を開いています。勇気を持って、一歩踏み出してみてくださいね。
まとめ
今回のインタビューを通じて、片山先生が歩んできた多彩なキャリアと、工学、栄養学、宇宙医学といった一見異なる分野が融合することで生み出される新たな可能性が明らかになりました。
先生の情熱と実践的な研究姿勢は、大学での学びが単なる知識の習得にとどまらず、実生活や未来の技術革新にまで影響を及ぼすことを示しています。
高校生の皆さんには、自分の「好き」を大切にし、未知の世界に果敢に飛び込む勇気を持ってほしいと、片山先生は力強くメッセージを送っています。
大学は、自分の興味や夢を追求し、未来への扉を開くための貴重な場所であることを、今回のインタビューから改めて感じ取ることができました。