連載コラム「大学で学べる学問を知ろう」— 発達心理学をテーマに今福先生に聞く

赤ちゃんは、どのようにして言葉を覚え、他者と関わるようになっていくのか。

当たり前のように見えるその成長の過程を、科学的に明らかにしようとする学問があります。それが、発達心理学です。

今回お話をうかがったのは、乳幼児の言語獲得や社会性の発達をテーマに研究をされている、今福理博(いまふく・まさひろ)先生。保育や教育の現場にもつながる発達のメカニズムを解き明かしながら、学生たちには「子どものことがわかる保育者・教員になってほしい」と語ります。

研究者として、教育者として、そして絵本の著者として。

子どもの育ちを支えるさまざまな取り組みと、その背景にある思いを、丁寧に語っていただきました。

発達心理学とは?──子どもはどうやって言葉を学ぶのか

― 先生のご専門である発達心理学について、具体的にはどのような研究をされているのでしょうか?

今福先生:
乳幼児の言語獲得や、社会性の発達について研究しています。特に、言葉というのは他者との関わりの中で学んでいくということがあるので、どうやって他者とコミュニケーションしながら言葉を学んでいくのか、というところが研究の中心です。

最近では、社会性の発達が身体感覚との関係の中で進んでいくということが言われています。なので、内受容感覚、つまり体の内側の感覚や、五感などを通じて、社会性や言葉がどう発達していくのか──そういった部分にも関心を持って研究しています。

― 私自身、子育てをしている中で「言葉をどう獲得するのか」「社会性ってどう育つのか」ということを日々感じていて、まさに先生のご研究に興味を持ちました。ただ、読者である高校生は、まだ子育ての実感がないと思います。そうした人たちに、先生の研究がどう社会に関わっているのか、どんなふうに伝えるといいとお考えですか?

今福先生:
たとえば、子どもがどう言葉を獲得しているのかを学ぶことで、将来保育者や小学校の先生になりたいと思っている人であれば、子どもの発達を理解する助けになると思います。そうすることで、「じゃあどういう保育環境、教育環境を構成すればいいのか」といった実践にもつながっていきます。

それから、発達に障害のあるお子さんたちの支援にもつながりますし、親御さんにとっては、子育ての中で感じる不安や悩みを和らげるきっかけになることもあると思います。

ですので、教育や社会福祉、心理支援など、いろいろな分野に通じる視点、ひいては「人間とは何か」という広い視点がこの研究にはあるんです。そういう意味で、高校生の方にもぜひ知ってほしいですね。

子どもの心に惹かれて──発達心理学との出会い

― 先生がこの分野に進まれたきっかけは、どのようなものでしたか?

今福先生:
漠然とですけれども、大学に入学する時点で教育や心理学に関心がありました。何かこう、子どもとか教育の役に立つことがしたいな、という気持ちがあったんです。

次第に、教育制度とか教育方法を学ぶことももちろん大切なのですが、それだけではなくて、「教育を受ける子ども自身や、子どもの心そのものについて知りたい」と考えるようになっていきました。

それで大学では発達心理学を学ぼうと決めました。最初は特に、赤ちゃんの研究をやってみたいと思っていました。人間が人間になっていく過程の中で、「人間の本質ってなんだろう」とか、「人間の最初ってどこだろう」と考えたときに、あまり環境にさらされていない赤ちゃんの心を探ることで、それが見えてくるのではないかと思いました。

赤ちゃんの発達を勉強していく中で、それが教育や保育につながっていくということが見えてきました。そこから支援ということにも関心が広がっていきました。

今は、保育士や小学校の教員、子ども関連の職などを目指す学生たちに対して、子どもの発達理解や発達心理学を教える立場になっています。そうやって、子どものことがわかる教育者を育てたいと思って、研究と教育の両方に取り組んでいます。

子どもの発達を追いかける楽しさと、研究を進める難しさ

― この研究をされていて、「面白い」と感じる瞬間や、「やっていてよかった」と思うことはどんなときですか?

今福先生:
「こういう環境の要因が子どもたちに何か影響しそうだな」とか、成長に関わるアイデアがふっと出てきたときは、「ああ、この研究楽しみだな」と思えます。

あとは、データを分析しているときもそうです。分析し終わって、結果が出たとき──結果が出なくても構わないのですが、「これまでやってきたことがまとまった」という感覚があると、すごく達成感を感じますね。

― 実際に研究をスタートするまでには、かなり準備が必要になるのではないでしょうか?

今福先生:
アイデアが出ても、すぐに実施できるわけではありません。たとえば、研究する対象だったり場所だったりをどうするのか、実際にどうやって調査を依頼するのか、あるいは倫理的な手続きも必要になります。

ものによりますけれど、スムーズにいっても数ヶ月、場合によっては半年以上かかることもあります。とくに子どもを対象にした研究だと、園や家庭の理解が必要ですし、現場との調整にも時間がかかりますね。

― 子どもはそれぞれ違う環境で育っていると思いますが、そういう意味で研究の難しさを感じる場面もあるのでしょうか?

今福先生:
そうですね、やっぱりあります。育っている環境が全然違うので、同じ条件で集めるというのは難しい部分がありますし、そこがこの分野ならではの難しさでもあると思います。

絵本というかたちで届けたい──言葉の発達を伝えるために

― 先生は絵本も制作されていますが、それにはどのようなきっかけや思いがあったのでしょうか?

今福先生:
「子どもたちのために」「親子のために」という思いが出発点でした。自分の専門である言葉の発達を活かせるような絵本を作れないかなと考えました。

それで出版社の方にお願いしてみたところ、「ぜひ作ってみましょう」と言っていただけて、絵本を出版することになりました。この絵本を使った調査というのは、まさに今やろうとしているところなのですが、当時は純粋に「思い」から作り始めたというのがきっかけですね。

― 先生は「伝える力」の大切さについてもお話されていました。絵本制作とあわせて、そのあたりも詳しく教えていただけますか?

今福先生:
研究というのは、日本語だったり英語だったり、論文という形で発表されますが、論文だと、読者である保護者や保育者、先生たちに内容がなかなか伝わりません。

だから、それをいかに論文に即しながらも、わかりやすい表現で伝えていくかが大切だと思っています。

さらに、今の学生たちは、インターネットやスマホなどの端末を通じて情報を得る機会が多くなっていますよね。でも、そうやって受け取った情報を自分の中でちゃんと理解するためには、一度自分の表現に直したり、実際に自分の手で書いたりするという経験が必要だと思います。

だから私の授業では、「たくさん読んで、書く機会」ということも大事にしています。そうやって、情報を咀嚼して自分のものにする力を育てたいという思いがあります。

現場に届く研究へ──発達心理学が抱える課題と可能性

― 発達心理学という分野には、どのような課題があると感じられますか?

今福先生:
実際に子どもを対象に研究を行うとなると、やっぱり時間がかかります。研究の準備や実施に時間が必要ですし、現場である保育園や家庭の理解も必要になります。

それから、最近発達心理学の分野では、いわゆる「再現性の問題」というのが言われています。たとえば、「何歳の子どもはこういうことができる」といったことを明らかにするためには、本来であればたくさんの子どもを対象に研究することが望ましいのですが、実際には20人とか30人といった比較的少ない人数で研究が行われていることも多いです。

もちろん、それで論文になることはあるりますが、「じゃあその結果はたまたま出たものじゃないのか?」「他の場面でも同じように再現されるのか?」ということが問題になってくるわけです。

― 子どもを対象にした研究だからこその、現実的な難しさもあるんですね。

今福先生:
はい。やはり、子どもを対象とする研究では、参加者を集めること自体が難しいという現実があります。ですので、そこでどうやって信頼性や説得力を担保していくかというのは常に考えなければいけない課題ですね。

― そういった課題に対して、先生ご自身はどんな工夫や取り組みをされているのでしょうか?

今福先生:
最近は、他の研究者の方々と共同で大規模な研究を行い、より多くの参加者を対象とした研究チームに参加させていただく機会がありました。工夫というよりは、研究計画をしっかり立てて、社会的にも意義があると認められるようにするという努力の成果でもあります。

保育や教育に関わる立場として、社会の理解が得られるような研究を意識して設計することも心がけています。そうすることで、調査に協力してくださる親御さんやお子さんにとっても納得のいく研究になりますし、国からの支援も受けやすくなると思います。

経験だけに頼らない保育と教育へ──未来を見据えて

― 今後の研究を通して、社会にどのような変化が起きてほしいとお考えですか?

今福先生:
大きく二つあって、一つ目は、保育や教育のあり方についてです。これまではどちらかというと、経験ベースで行われてきた側面が大きいと思いますす。もちろんそれは悪いことではなくて、実際の現場に即した実践があるので大切なことです。

ただ一方で、主観的な経験に頼りすぎず、子どもたちにとって本当に役に立つ保育や教育の方法というのは、やはり科学的な根拠=エビデンスに基づいて考えていく必要があるとも思っています。そのような根拠があることで、保育や教育の質の担保にもつながります。研究を通じて、子どもの理解に基づいた保育・教育の在り方を社会に提案していけたらと考えています。それを踏まえて、より良い実践につなげてほしいと思います。

そしてもう一つは、保育の社会的な地位の向上です。保育というのは、単に「子どもを預かる」ことではなくて、立派な幼児教育の一部で、専門職です。もっとその価値が理解されるようになって、保育者や先生方の働き方や待遇が改善される社会になってほしいと願っています。

保育や教育の重要性がきちんと認識されることで、それに携わる人たちの誇りやモチベーションにもつながると思います。

高校生のみなさんへ──「子ども」は未来を映す存在

― 最後に、これから進路を考えていく高校生に向けて、先生からメッセージをお願いします。

今福先生:
保育や幼児教育、子どもという存在自体に興味がある人は、ぜひ発達心理学を学んでみてほしいと思います。

子どもって本当に面白い存在なんです。私たち大人が日々の生活の中で忘れてしまっているような感覚を、子どもたちは持っていて、改めて気づかせてくれます。そういう意味で、子どもたちは未来を映す存在でもあると思っています。

「未来のために何かしたい」「人間についてもっと深く知りたい」という人にも、発達心理学はぴったりの学問だと思います。

それに、発達心理学は乳幼児だけでなく、小学生・中高生・大人・高齢者と、生涯にわたって心の変化を追いかける学問でもあります。人間の成長や変化に関心がある人なら、きっと面白いと感じてもらえるはずです。

それからもうひとつ、子どもっていうのは、感覚や身体を通じて日々さまざまなことを経験していく存在です。子どもって、AIみたいに情報処理だけをして育つわけではなくて、体を使って環境と関わりながら心を育み発達していきます。

だからこそ、子どもたちと関わる中で、体験的に学び合える分野としての魅力もあると思います。もし少しでも興味があれば、まずは大学で触れてみて、自分の「面白い」と思えるものを探してみてほしいです。

まとめ

今福理博先生は、乳幼児の言語や社会性の発達に注目しながら、発達心理学の視点から子どもたちの育ちを探っています。その研究は、教育や保育、支援の現場に幅広く関係しており、日々の研究や授業を通じて、現場で役立つ知見を学生や社会に届けようとされています。

また、絵本制作や伝える力の育成といった取り組みからは、研究成果を社会に届けるための姿勢もうかがえます。科学的な根拠に基づいた保育や教育の在り方、保育の価値を社会に伝える意義についても、冷静に、しかし明確な視点で語られていました。

進路を考える高校生に向けては、「子どもは面白い存在で、人間について考える入口になる」というメッセージが印象的でした。発達心理学という学問が、個人の興味から社会との接点へとつながる道を拓くことを、静かに示してくれるインタビューとなりました。




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