英語版ジブリ作品のタイトルから英語の感覚をつかもう

スタジオジブリのアニメーション映画作品は海外でも人気があり、ほとんどの作品が英語化されています。英語圏にも多くのファンがおり、英語の情報も山ほど見つかります。

各作品のタイトルを見渡してみると、意訳や翻案はあまりなく、原題の直訳と言ってもいいような素直なタイトルが多いことが見て取れます。そして英語の詳しい意味とつきあわせてみると、納得したり、感心したり、モノによってはちょっと改良してみたくなったりと、タイトルだけでも色々な発見があります。

親しみ深い作品を英語で鑑賞し直すと、英語表現やスピーキングの勉強にもなりますし、英語表現を通じて作品の知見を深めることもあります。もともと好きな題材をもっと知るための手段として英語版に接するという方法はけっこうオススメです。

素直で上手い訳に感心してみる

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『千と千尋の神隠し』は「Spirited Away」

「千と千尋の神隠し」の英語タイトルは「Spirited Away」です。

「平成狸合戦ぽんぽこ」の英語版タイトルは「Pom Poko」だったり、「崖の上のポニョ」の英語版タイトルは「Ponyo」だったり、「天空の城ラピュタ」は「Castle in the Sky」(天空の城)だったりと、原題を簡素化する命名法は意外とあります。

spirit away がそのまま「神隠し」を指す表現

spirit something away 、または spirit someone away という言い回しは「何かを(誰かを)を秘かに離れた場所へ動かす」という意味で用いられます。つまり日本語の「神隠し」に意味合いが非常に近い表現です。

もし英語で書かれた作品に spirit ~ away という表現が登場し、これを和訳するなら、おそらく「神隠し」の語で訳されるでしょう。

spirit away の他にも、spirit offspirit out のような句動詞でも同様の意味合いが表現できます。

受身形と過去形どちらの含意もある

spirited away は、過去形で「神隠しがあった」という意味でも捉えられますし、be spirited away の省略であり「神隠しに遭う」という意味でも捉えられます。

『魔女の宅急便』は「Kiki’s Delivery Service」

「魔女の宅急便」は英語では「Kiki’s Delivery Service」となっており、つまり魔女とは言わずに「キキの宅急便」というタイトルになっています。

魔女(witch)を避けた理由

英語圏の魔女= witch の語は「不思議な力(特に悪い力)を持つ女性」という意味の単語ですが、基本的に奇怪で禍々しいイメージがあります。醜く不快な女(An ugly or unpleasant woman)の代名詞として用いられることもあります。

ディズニーアニメ映画作品のいくつかに登場する悪役魔女の姿が英語圏の魔女の典型的イメージと捉えてよいでしょう。

WitchWitches

もし「魔女宅」が「Witch’s Delivery Service」のように訳されていたら、あどけなさの残る少女の成長物語とは思われず、毒リンゴを提げてヒーッヒッヒとか笑いながら夜空を飛ぶ邪悪な運び屋の話と思われたかも知れません。

『コクリコ坂から』は「From Up on Poppy Hill」

「コクリコ坂から」には、「From UP on Poppy Hill」という英語タイトルが付いています。

「コクリコ」→ poppy(ひなげし)は順当な訳

日本語の「コクリコ」は、ヒナゲシ(雛罌粟)を指すフランス語 coquelicot に由来する外来語です。そしてヒナゲシ= coquelicot は英語では poppy と言います。

『風立ちぬ』は「The Wind Rises」

英語タイトルは時制が違う

「風立ちぬ」という原題の「ぬ」は完了を意味する古語的な表現です。他方、英語タイトルでは「The Wind Rises」と、あえて現在形が使われています。

時制の違いは依拠した先が違うからっぽい

「風立ちぬ」という日本語表現はジブリ作品が世に出る以前に知られていた言い回しです。典拠というわけではありませんが、オリジナルといえる表現がフランスの詩人ポール・ヴァレリー(Paul Valéry)の詩の一節に見いだせます。ヴァレリーはフランス語で Le vent se leve, il faut tenter de vivre とものしました。これをそのまま英訳するなら、「The wind rises, it is necessary to try to live.」(風が立つ、生きようとしなければならない)という感じです。

他方、日本語では「風立ちぬ」と訳されました。

ジブリ作品「風立ちぬ」のタイトルは、ジブリ作品の原題よりも原題の由来といえる元々の表現を参照したと考えると、時制にも納得できます。

『おもひでぽろぽろ』は「Only Yesterday」

only yesterday は「つい昨日」

「おもひでぽろぽろ」は英語版では「Only Yesterday」というタイトルになっています。

only yesterday はカーペンターズの同名の曲を連想させます。

only yesterday の意味は「つい昨日」。ジブリ作品の英語版タイトルの中では珍しい、直訳より意訳のニュアンスの色濃い名付けです。しかしながら、過去を振り返って感傷にひたる情緒をたった2語で充分に表す、その意味で作品を端的に表現したタイトルといえます。


モノによっては異論を挟んでみる

世界的に有名な作品の英語ローカライズは、諸事情をひっくるめて最も適当適切な訳が選ばれているわけですが、揚げ足を取る余地はあります。

日本語と英語の語義をつきあわせて「ちょっとニュアンスが違うんじゃないの?」とツッコめると気持ちがよいものです。そこからさらに色々と考えると、だいたい今あるタイトルがいちばん無難というところに落ち着くわけですが。

『となりのトトロ』が「My Neighbor Totoro」

neighbor は「距離的に近い人」を指す

「となりのトトロ」の英語版タイトルは「My neighbor Totoro」で、 neighbor は「隣人」すなわち「隣の人」を表す単語です。

neighbor に人間という前提があるかどうかはこの際無視しましょう。問題は「隣」の意味合いです。

オックスフォード英語辞書では、neighbor は「A person living near or next door to the speaker or person referred to」(あなたの近く、もしくは隣に住んでいる人)と定義されています。つまり、neighbor は基本的に距離的に近くにいる人を表す語です。

トトロには心理的に近くにいるという部分を見出したい

トトロは(子供にとって)隣人ではありますが、距離的にというよりは心理的に近いものであると主張したい。だって距離的な近さならいい歳こいた私だって会えるはずじゃないの。

そういう点で「心理的な近さ」という含意をより適切に表現するなら、距離的に近い存在である neighbor よりも、心理的に近い存在という意味で friend のような表現の方が妥当かなと考え巡らせます。

そして「My friend Totoro」はないわ → neighbor の方がよろしいと考え直すわけです。

『猫の恩返し』が「Cat Returns」

「恩返し」は単に返す行為ではない

「猫の恩返し」は「Cat Returns」と訳されています。

return の意味は「返る」「返す」「戻す」「返却する」といったところ。

国語辞書(三省堂大辞林)で「恩返し」の意味を引くと、「受けた恩に報いること」と定義されています。となると、「恩返し」は単に「返す」という行為だけでなく「受けた恩に対する感謝や謝意」まで含めないとニュアンスが再現できないのではという気になってきます。

「恩返し」に近い単語は repay か

return よりも「恩返し」っぽい語がないかと探すと、たとえば repay のような語が見つかります。

repay は「払い戻す」という意味を主体としますが、他にも、「受け取った好意や親切に対して報いる」という意味があります。このニュアンスは日本語の「恩返し」に近いと言えるのではないでしょうか。

しかし「Cat Repays」といって「猫の払い戻し」「猫の返金」が連想されてもイヤなので、まあ「Cat Returns」の方がいいかなと考え直すわけです。

『もののけ姫』が「Princess Mononoke」

princess の意味は「君主の娘」である

「もののけ姫」は英語版タイトルでは「Princess Mononoke」となっていて、これはほぼ純粋な直訳といえます。

が、姫 → princess は安直すぎないかとツッコむ余地もあります。

princessオックスフォード英語辞書で引くと、「The daughter of a monarch」(君主の娘)と出てきます。日本語なら「王女」や「皇女」のような訳がいちばん意味的にハマる言葉です。

もののけ姫は作中に登場する少女・サンの二つ名です。サンは犬神に育てられた特殊さはあるものの、特に貴人の娘とか、やんごとなき高貴な血を引く「君主の娘」という情報は出てきません。

原題の「姫」は、むしろ「特別な女の子」という程度の意味と捉えた方が自然です。

サンについて英語で説明した文章では、「Wolf Girl」 (狼の女の子)という表現が使われていました。こちらの方が、「もののけ姫」をよく表しているような気がします。

そして「Wolf Girl」はいくらなんでもアマゾネス過ぎるだろうという見解が「Princess Mononoke」の方を支持するわけです。

『平成狸合戦ぽんぽこ』は「Pom Poko」

「平成狸合戦ぽんぽこ」の英語訳は「Pom Poko」です。

英語にポンポコという音はないし、固有名としても充分に成立する気はします。ポニョも「Ponyo」だし。

あえて原題に忠実に英訳するなら

  • 「平成」は Heisei era
  • 「狸」は raccoon dog
  • 「合戦」は battle もしくは war

「ぽんぽこ」は、ひとまず三省堂大辞林に頼ると「太鼓や腹鼓を打つ音を表す語」という定義が見いだせます。擬音表現(オトノマペ)なので訳語に置き換えると破綻してしまいそうです。

「平成狸合戦ぽんぽこ」をそのまま英語に直すなら、「Pom Poko  Raccoon Dog Battle in Heisei Era」のような感じになるでしょうか。長すぎる上に語感もあまり良くない印象です。というか原題に含まれる「ぽんぽこ」がすでに「平成-狸-合戦」という言葉群から遊離しています。

そう考えると結局「PomPoko」で充分という考えに行き着くわけです。




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