英語で読む時事ニュース:「天皇の生前退位」を海外はどう報じたか

2016年7月、日本国内の主要報道機関・マスメディアが天皇陛下の「生前退位」について一斉に報じました。この話題は海外各紙でも取り上げられています。

国内の報道では一様に「退位」の語が用いられていますが、英語のメディアではいくつか異なる表現が用いられていることに気付きます。また、海外メディアの報道は、日本国内メディアとはまた違った視点・観点から記述されており、天皇制のあり方に対する考え方にも視野の広さを授けてくれそうです。

ということで各紙の記事をちょっとだけ読み比べてみましょう。

概要(生前退位とは)

「生前退位」は、天皇陛下が存命中に御自ら退いて後継者に譲位なさることを指す語です。2016年7月13日、陛下がその生前退位の御意向をお持ちであると、関係者が述べた旨が、日本国内の各メディアによって報じられました。

宮内庁は、この報道を否定する見解を公式に発表しています。しかしながら、陛下が傘寿を過ぎた御高齢ということもあり、報道に接した人は少なからず「現実にあり得る事」として受け止めたことでしょう。もちろん海外でも。
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「退位」を表す英語表現

abdicate

日本発の英字新聞・ジャパンタイムスは、7月13日付けの第一報で退位を abdicate と表現しています。

Emperor Akihito plans to abdicate within a few years, a government source said Wednesday.…The last emperor to abdicate was Emperor Kokaku in 1817, in the later part of the Edo Period (1603-1868).
明仁天皇は、ここ数年の間に退位する計画を持っていらっしゃる、と政府関係者が水曜日に明らかにした。・・・最後に(生前)退位した天皇は、1817年に退位した江戸時代後半(1603年-1868年)の光格天皇である
―― Emperor Akihito said to be planning abdication ‘within a few years’; move would be unprecedented in modern era-The Japan Times, JUL 13, 2016

abdicate は「王位を退く」という意味の英単語で、王室や皇室の話題においては「退位」の意味を適切にニュートラルに示す表現です。王室関連の専門用語という側面もあります。

Cambridge Dictionary :abdicate
If a king or queen abdicates, he or she makes a formal statement that he or she no longer wants to be king or queen
王や女王が abdicate するということは、彼もしくは彼女が王位から退くという宣言を公式に発表することである

relinquish

ジャパンタイムスは、15日付けの記事では「退位」を relinquish the throne と表現しています。throne は王座や王位といった意味。

Revision to the Imperial House Law is necessary for an emperor to relinquish the throne while still alive, as the law does not provide for abdication.
天皇が生前退位をするためには、宮内庁法の改正が必要になってくる。というのも、法律では皇位の放棄については規定していないからである
―― Tokyo eyes revision of law to enable Emperor’s abdication in next year’s Diet session-The Japan Times, JUL 15, 2016

relinquish は、主に 1.放棄する、2.棄権する・譲渡する、という意味合いで用いられる動詞です。abdicate よりも不本意な離脱のニュアンスを読み取りやすい単語といえます。

Oxford Dictionaries:relinquish
to unwillingly stop holding or keeping something
何かを持ち続けることを不本意ながら止めること

今般の生前退位の話題が上がった背景には、高齢による体力低下といった健康上の懸念も主な要因となっています。やむを得ない判断というニュアンスが relinquish の語から読み取れそうです。

renounce

renounce も「絶つ」「放棄する」「断念する」という意味で用いられる動詞です。ただし、renounce は権利等の放棄を公式に宣言するという意味合いがあります。そのため、2016年7月の飛ばし記事の段階では一切使用されていません。

公式に陛下の生前退位が発表されることになれば、きっと、renounce の語を使って報じる英字メディアが出てくるでしょう。

step down

step down は「降りる」という意味の句動詞で、「車から降りる」のような表現で用いられますが、「役職から降りる」という意味――すなわち重要な地位から退く、引退する、という意味合いもあります。「退位」の意味でも用いられます。

The Economist  などは退位を step down と表現しています。

A law must first be passed to allow Akihito to step down —nothing like this has happened in modern times.
明仁天皇が退位できるようになるには、まず法案が承認される必要がある
このような事態は近代以降つとになかったことだ
―― The long goodbye-Economist, Jul 16th 2016

pass his crown

pass one’s crown は文字通り「王冠を譲る」という意味の表現で、伝統的な王制・帝政の文化制度になぞらえて退位を示す表現です。

王冠は王位の象徴であり、冠を戴く儀(戴冠)は王位就任を示す象徴的儀式です。西洋文化において馴染みある表現を使うことで、意味するところがむしろ明確に伝わるのでしょう。

The Wall Street Journal の記事に pass his crown の表現が用いられている例があります。

it wouldn’t be surprising if he wanted to pass his crown to the next generation to ensure that they could be carried out fully.
彼が退位して次世代に引き継ぎ、そして次世代によって公務が全うされることを望んだとしても何ら不思議ではない
―― Japan’s Emperor Akihito Plans to Step Down, Media Say-The Wall Street Journal, July 13, 2016

give up the throne

give up にも「断念する」「地位を放棄する」といった意味があり、give up the throne で「王位を諦める」=「退位する」という使い方ができます。

シンガポールの大手紙「The Straits Times」では、retiregive up the throne の語で退位を表現しています。

As and when he retires, he will be the first Japanese emperor in about 200 years to give up the throne.
彼が退くときが来るなら、彼はここ200年来で初めて退位した天皇となる
―― Japanese Emperor’s legacy lies in soft power, JUL 19, 2016

ちなみに退位の反対語は

退位とは逆に王位・皇位に就くことは「即位」といいます。英語では ascend the throne (玉座に上る) や mount the throne  (戴冠する)のように表現されます。

The Emperor ascended the throne at the age of 55 upon the death of his 87-year-old father, Emperor Hirohito, posthumously known as Emperor Showa, in 1989.
天皇は、彼の87歳の父、裕仁天皇(死後は昭和天皇)の崩御に際し、1989年に55歳で天皇の座に即位しました
Tokyo eyes revision of law to enable EmpJapan’s Emperor Akihito Plans to Step Down, Media Say-The Wall Street Journal, July 13, 2016

欧米メディアの「生前退位」に関する報じ方

生前退位の報道は海外でも報じられています。多くのメディアは、日本の天皇制や天皇の務め、ひいては日本の歴史についても併せて紹介しています。皇室まわりの事情についても、各紙ユニークな見解が見られます。

The Wall Street Journal:「生前退位の必要性は理解できる」

The Wall Street Journal では、皇位にある陛下の激務に理解を示し、生前退位についても理解する立場を示しています。

The emperor is known to take his public duties seriously, so it wouldn’t be surprising if he wanted to pass his crown to the next generation to ensure that they could be carried out fully.
天皇は公務をつとめて真摯に全うされていることで知られている。それゆえ、彼が退位して次世代に引き継ぎ、そして次世代によって公務が全うされることを望んだとしても何ら不思議ではない
―― Japan’s Emperor Akihito Plans to Step Down, Media Say-The Wall Street Journal, July 13, 2016

The Economist:「皇族は囚われの身」

The Economist のThe long goodbye と題された記事の末尾部分では、皇室の制度に厳しい批判を加えているところが目をひきます。

皇族を virtual prisoners of the Imperial Household Agency (宮内庁の事実上の囚人)と述べ、雅子妃は宮内庁にとって imperial birthing machine (皇室の出産マシン)と表現しています。なかなか手厳しい糾弾ぶりです。

The royals are virtual prisoners of the Imperial Household Agency, the gnomic bureaucracy that runs the world’s oldest hereditary monarchy. It has treated Naruhito’s wife, Masako, a former diplomat, as an imperial birthing machine, and she has grappled with depression.
皇族は、宮内庁の事実上の囚人だ。宮内庁は世界最古の世襲君主制を成立せしめてきた守護霊のごとき官僚制である。宮内庁は徳仁(皇太子)の妻であり元外交官である雅子妃を、皇室の子を産む機械のごとく扱った。そして妃は鬱と向き合うことになってしまった
The long goodbye-Economist, Jul 16th 2016

Bloomberg:「公的又は商業的な文書を書き換える必要性が出てくる」

多くのメディアは生前退位に関する問題を法的な側面から論じていますが、経済・金融の分野を専門とするビジネス紙 Bloomberg は、生前退位に伴うビジネス面での諸事項に焦点を当てています。さすが経済専門誌といったところでしょうか。

Japan uses an imperial calendar. This year is Heisei 28, the 28th year of Emperor Akihito’s reign. If he gives up the role, many official and commercial documents will need to be reprinted.
日本は皇室の暦(元号)を使用している。今年は平成28年、つまり明仁天皇の治世28年目ということである。もし彼が位を退くならば、公的文書や商用文書の多くを刷新する必要がある
―― Who Benefits If Japan’s Emperor Steps Down? Printing Companies-Bloomberg, July 14, 2016
“All kinds of materials including business documents and commercial books will become outdated as they use the ‘Heisei’ date system.”
「ビジネスの文書や商業帳簿などを含めた様々な種類のデータについて、平成の日付を使っていると時代遅れになってしまう」
―― Who Benefits If Japan’s Emperor Steps Down? Printing Companies-Bloomberg, July 14, 2016

総合的な観点で自分のメディアを選ぼう

ニュースは同じ話題を扱っていても報じる内容はそれぞれ微妙に異なるものです。報道機関の立場や、扱う話題との距離感・関連度、取材で得られた限りの情報の多寡、あるいは事件と報道機関との商業的あるいは政治的な利害関係などによっても、微妙な差が生じ得ます。

国内メディアと海外メディアという違いは違いが顕著に表れやすい部分です。日本のニュースで気になった話題は海外の新聞を参照すると幅広い視野で眺められます。

英語のメディアにも、厳格な文章のメディアもあれば比較的軽い文章のメディアもあります。深く突っ込んで分析するメディアもあれば、分かりやすい解説を旨とするメディアもあります。

英字新聞に限ったことではありませんが、報道機関を自主的に選択する意識と、特定の報道機関にのみ依拠しきらず公平な観点で物事を俯瞰する意識が、これからの時代には求められてくるでしょう。

英字新聞に興味をもったなら、英語学習に使える英字新聞&洋雑誌 を比較検討してみてください。


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