2017年1月20日、ドナルド・トランプ(Donald Trump)が第45代アメリカ大統領に正式に就任しました。式典の中で行われた大統領就任演説(inauguration speech)はとりわけ大きな注目を集めました。
大統領就任演説は、国民に広く語りかける性質のものであり、文章表現は基本的に平易です。特にトランプ氏は語彙も文法も簡単で分かりやすい表現を用いると言われています。
英語表現は初学者にも取っつきやすく、その内容は今後の世界情勢のカギを握る代物です。演説の様子も動画で配信されています。英語の原文に接する題材としては、まさにうってつけです。
Donald Trump’s full inauguration speech transcript, annotated ― Washington Post
トランプ氏の英語表現はやさしい
米国大統領が就任時に行う演説は、これからの任期の中でどのような目的を持ってどのようなことをするのか、すなわち今後のビジョンを国民に示すための所信表明です。大統領としての実績を評価する際の重要な指標にもなります。
演説はあまねく国民に伝わるように平易で明快な表現が用いられます。
中学生でも十分に理解できる表現を使っている
カーネギーメロン大学(Carnegie Mellon University)の研究によると、トランプ氏が演説の場で用いる表現は、歴代の大統領と比較しても際立って平易、演説に用いられる単語や文法は「Grade 6-8 Level」(日本の小学校6年生~中学1年生相当)のレベルだそうです。中学生でもハッキリ理解できるような言葉を使っているわけです。
大統領選において、トランプ氏は、いわゆる「エリート」や「知識層」を批判し、ブルーカラーと呼ばれる労働者層の支持を獲得しようとしていました。幅広い層に自分の主張をしっかり届けるべく、特に易しい英語を使ったのではないかと考えられます。比較的易しい英語が使われているため、英語勉強の初心者にとってもとっつきやすい題材と言えるでしょう。
演説のキーワード「忘れられた人々」(the forgotten)
トランプ氏の就任演説の中では、たびたび「忘れられた人々」が登場します。
トランプ氏が演説で言及した the forgotten
the forgotten は、まずは大統領選でトランプ支持者に向けて用いられています。
忘れられてきた人々は、もはや忘れられることはありません。今や、全員があなたの話を聞きます
トランプ氏は2016年11月の勝利演説でも彼らの存在について述べていました。
我々の国にいる忘れられた人々は二度と忘れられることがないでしょう
大統領就任演説では ignore(無視する)という表現も用いられています。
あなたは二度と無視されることはありません
トランプ氏が主張する「the forgotten men and women」(忘れられた人々)もしくは「forgotten Americans」(忘れられたアメリカ人)とは、具体的にはどのような人を指しているのでしょうか。
専門家の考える「忘れられた人々」像
ジャーナリストのピーター・シュラッグ(Peter Schrag)は、「白人の中低階層の有権者」であると述べています。国際政治が専門の中山教授は、「製造業を支えてきたブルーカラーの労働者たちで、いわばこれまでのアメリカ社会を支え、自分たちこそが『真のアメリカ』を代表すると自負する人たち」と述べています。
中低階層の有権者で、社会的地位や権力がなく、日々の生活に不満を募らせているアメリカ国民を指していると言えるでしょう。
演説の中で述べていた具体的な政策
演説で語られた漠然とした夢
演説では、漠然と大きな夢を語るセリフが多く見られました。
私達の国は再び成功し、成長していきます
私たちはともに、強いアメリカを、豊かなアメリカを、自信に満ちたアメリカを、安全なアメリカを再び作ります
少しだけ具体的なハナシ
しかしながら、漠然とした話に加えて、少しだけ具体的な話も盛り込まれていました。
私たちは、素晴らしい国アメリカ全土に新しい道路、高速道、橋、空港、トンネル、鉄道をを整備します
私たちは人々を生活保護から解放し、仕事に戻します
私たちはシンプルに2つのルールに従います。アメリカ製品を買い。アメリカ人を雇用するのです。
アメリカ国民の生活を豊かにするために、雇用を増やし、国のインフラ整備を行おうとしていることが分かります。これらが達成されるかどうかが、今後のトランプ氏の評価に繋がっていくでしょう。
演説の中で確認しておきたい英単語
英語勉強をするうえでも役に立つ英単語がいくつかあります。大統領演説を自分の勉強に有効活用してみましょう。
目的語で変わる意味。reap は「受ける」、bear は「負担する」
あまりにも長い間、ワシントンの小さなグループが政府の恩恵を受けていた一方で、アメリカ国民がその代償を払ってきました
reap the rewards は「恩恵を受ける」
reap は「(作物等を)収穫する」という意味の動詞です。目的語に「成果」や「利益」がくるときには、「受ける」「得る」と訳されます。演説の中では、「reaped the rewards of government」となっており、目的語が rewards of government(政府の恩恵)なので、reap は「受ける」と訳せるでしょう。
ちなみに、reap を使った有名なことわざで reap what one has own(自分で蒔いた種を刈る)があります。日本語の「自業自得」と同じ意味で使われているフレーズです。こちらも覚えておくと良いでしょう。
bear the cost は「費用を負担する」
borne は bear の過去分詞です。bear は様々な意味を持つ単語として知られています。よく使われる意味は、「産む」でしょうか。その他にも、「身につける」「耐える」「(感情を)抱く」「運ぶ」「(証言を)与える」「(費用や責任を)負う」などの意味を持ちます。演説では、目的語が cost(費用)なので、bear は「負う」「負担する」という意味で使われていることが分かります。
flourish と prosper の違い
ワシントンは栄えてきましたが、人々はその富を共有していません。政治家は繁栄してきましたが、仕事はなくなり、工場は閉鎖されました
「Washington flourished」と「Politicians prospered」の文が対になっています。flourish も prosper も、どちらも「栄える」を意味する形容詞です。しかしながら、一緒に使える目的語が異なります。
flourish は様々な繁栄を表す
flourish は英語辞典で「to grow or develop successfully」(成長もしくは発展がうまくいく)と説明されています。「人の成長」「国家や都市の繁栄」「商売や事業の成功」「文化や学問の栄え」など、様々な目的語と一緒に使うことができます。
prosper は人や商売の繁栄のみ
一方、prosper を英語辞書で引くと「(of a person or a business) to be or become successful, especially financially」(人や商売について、特に財政的に成功すること)と説明されています。目的語に持ってこれるのは、人や商売のみです。文化や学問、国家や都市の繁栄については使えません。
flourish は国家や都市の繁栄を表すことができるので Washington(ワシントン市)と一緒に使い、prosper は特に財政的な意味での繁栄を意味するので Politicians(政治家)と一緒に使われています。flourish と prosper は意味は似ているものの、一緒に使える目的語が異なるので注意しましょう。
the establishment は「既存権力」
既存権力は自分たちを守ってきましたが、我々自国の国民を守ることはありませんでした
establishment は、建物や制度の「設立」、「成立」を表す名詞です。これに the を付けると、「既存勢力」「既存権力」という意味になります。国の政治や経済に影響力を持つ政治家や官僚などの支配階級を指して使われます。もっぱら、彼らを攻撃する際に使われるフレーズです。