英語の中の「人名を含む英熟語・イディオム」

英語の慣用表現の中には、人名を定型的表現の中に含まれる言い回しが少なからずあります。状況次第では「それ誰 !?」なんて面食らう場面もあり得ます。主な表現を把握しておきましょう。

英語の主な慣用表現に登場する人名は、ジャックやジョージといった英語圏の典型的な人名か、あるいは故事にちなんだ伝説的人物の名称です。英語圏の典型的な名前は、実際にきわめてありふれた名前です。その意味を少し留意しておくべきかもしれません。

誰でもない「典型的な人名」が登場する言い回し

英語の慣用表現に登場する、「人名の典型として引き合いに出される名前」は、実際によくある(超ありふれた)名前です。

日本語になぞらえて解釈する場合には、太郎・一郎・花子などではなく「たかし」「ゆうすけ」「としあき」あたりの名前で対応づけてみると感覚が近づくかもしれません。

All work and no play makes Jack a dull boy.

よく学びよく遊べ

All work and no play makes Jack a dull boy. は、日本語の「よく学びよく遊べ」に通じる趣旨のことわざ表現です。

この Jack は「ありふれた名前」の代名詞です。

字面どおりに言えば「勉強ばかりして全く遊ばないのはジャックを冴えない奴にする」とでも訳せるでしょう。全く遊ばず勉強ばかりしていてもツマラナイ人間になる、遊びも大切だ、とった含蓄があります。

All work and no play makes Jack a dull boy.  は育ち盛りの子供へ贈る言葉でもありますが、大人に向かって「適度に休みを取らないと人間ダメになるよ」と述べる言葉としても使えます。

スタンリー・キューブリック(Stanley Kubrick)が監督したホラー映画「シャイニング」(The Shining)では、主人公がタイプライターでこの All work and no play makes Jack a dull boy. のフレーズを延々とタイプしまくる情景が描かれています。同作品を代表するシーンのひとつと言えるでしょう。

every Tom, Dick, and Harry

誰も彼も、誰もが皆

every Tom, Dick, and Harry は「誰でもみんな」「普通の人たち」という意味で用いられる言い回しです。

Tom も Dick も Harry も、英語圏ではごくありふれた名前であり、どこかの誰かの代名詞です。日本語で言うなら「太郎も次郎も三郎も」くらいの感覚でしょうか。

I want to be a famous person, not just any Tom, Dick, or Harry.
僕は有名人になりたい、平凡な人だなんて嫌なんだ
Not every Tom, Dick and Harry can act, but these Toms sure can.
そんじょそこらのトムやディックに演技ができるわけじゃない、でもこのトムたちは出来します
――IMDb, March, 2017

Jack of all trades

なんでも屋

Jack of all trades は「何でも屋」という意味で用いられる表現です。

He is a Jack of all Trades. You can get everything what you need.
彼は何でも屋だよ。あなたの必要としているもの何だって手に入るよ

Jack of all trades は、基本的には、「彼にできないことはない」「何でもござれの便利屋さん」というような肯定的な意味合いで用いられると言えますが、文脈によっては「器用貧乏」というか、「何でもこなすがどれも極めてはいない」「何も専門がない」という皮肉の含みを込めて用いられる場合もあります。

英語の意味に裏がある「嫌味や皮肉で使われやすい」基礎表現

否定的な側面を明示して述べる場合は、Jack of all trades and master of none. (何でもこなすが何の大家でもない)のように補足して述べられる場合もあります。

Let George do it

誰か(他の奴)にさせよう

Let George do it. は、直訳すれば「(これは)ジョージにやらせよう」。この George は不特定1者の代名詞であり、すなわち「誰かにやらせよう」あるいは「誰か他のやつにやらせよう」という意味合いを示します。

この George は someone else と言い換えても全く意味が変わりません。

She is unwilling to help others and always says that let George do it.
彼女は人を手伝うのが嫌いで、いつも誰かにやらせればいいと言っている

By George!

なんてことだ

George が登場する慣用的言い回しとしては By George! なども挙げられます。これは「あれまあ」「本当に」といったニュアンスで、驚嘆や歓喜を示して感動詞的に用いられる表現です。

ただし、この George はセント・ジョージ(聖ゲオルギオス)を指す George と解釈されます。ニュアンス的には Oh, God ! に近い表現です。

By George ! This is a great idea !
なんてこった!これは名案だ!

going Jesse

順調、うまくいってる

going Jesse は主にアメリカ英語において用いられる表現で、事が順調に進んでいる状況、あるいは事業が上手くいった(成功した)企業などを形容する表現として用いられます。

Our project is a going Jesse, surely will win the competition.
僕らの企画は本当に順調、絶対コンペで勝てる

even Stevens

even Stevens は、人との話し合いにおいて公平な合意に達した状態を指す表現です。

はっきり言って even だけで事足りるというか、文脈上 Stevens が出てくる必要が全然ありません。Stevens は、 語呂・語感が even に通じていているというだけの理由で(韻を踏むためだけに)言及される,一種のダジャレ、地口の表現です。

英語の地口というと、 See you later, alligator. などが代表例といえます。

nervous Nellie

臆病者

nervous Nellie は「ビビリ」「臆病者」「心配性の人」といった意味で用いられる言い回しです。

nervous Nellie も、even Stevens と同様、やはり nervous 単独で十分に意味が通じる言い方です。Nellie は蛇足というか、純粋な遊び要因です。

even Stevens は語尾で韻を踏む表現ですが、nervous Nellie は語頭の n で頭韻を踏む、という珍しさのある表現です。

Uncle Sam

ザ米国

Uncle Sam は文字どおりには「サムおじさん」という表現ですが、これはもっぱら「アメリカ」を指す意味で用いられます。

米国政府、あるいは、典型的なアメリカ人、を象徴する、代名詞というかキャラクターのような位置づけで捉えると分かりやすいでしょう。Uncle Sam をイニシャル表記すれば U.S. になり、 United States(合衆国)に通じるという点もミソです。

Uncle Sam の元となった人物がおり、19世紀初頭、米軍に牛肉を供給していた Samuel Wilson という精肉業者がその人とされています。

Uncle Sam Buys an Airplane
アメリカ、飛行機を買う
――The Atlantic, June, 2012

take the Mickey out of someone

小馬鹿にする

take the Mickey out of someone は 、(人を)からかう・馬鹿にする、といった意味の言い回しです。make fun of someone といえば、ほぼ同じ意味が表現できます。

この take the Mickey out of someone という言い回しは、もともとはコックニー(東ロンドンの労働者階級)たちが用いる俚言だったようです。

この Mickey は Mickey Bliss を半ば省略した言い方であり、そして Mickey Bliss は「 piss 」の隠語として用いられるスラングです。piss は主に「小便」を意味する語で、イギリス英語においては小便の他にもいろいろな意味で用いられますが、「 take the piss 」という場合はもっぱら「からかう」という意味で用いられます。

Micky のほかにも Mick や Michael など似たような名前が使われることもあります。いずれにしても、結局のところは、ほぼ純粋な言葉遊びと言えるでしょう。

before you can say Jack Robinson

あっという間に

before you can say Jack Robinson は「あっという間に」という意味で使われる言い回しです。

直訳すれば「君が《ジャック・ロビンソン》と発言し終える前に」というところで、何か言うだけの時間もなく(すぐに)という意味を示します。趣旨としては日本語の「あっと言う間に」とほぼ同じ感覚の表現といえるでしょう。

Jack Robinson は、一説には、18世紀に実在した人物のことであるとされています。気分屋で有名な人だったとか。あるいはロンドン塔の死刑執行人で、斬首執行までが素早いことで有名だったとか、諸説あって真相は定かではありません。


故事・伝記に由来する人名が登場する言い回し

イディオム・慣用表現には、神話・伝承・言い伝え、あるいは歴史上よく知られた逸話に由来する故事成語的な表現もたくさんあります。そうした表現において人名が登場する場合もあります。

doubting Thomas

疑り深い人

doubting Thomas は、疑り深い人・証拠なしには信じない人を指す表現です。

Thomas は聖書に登場する使徒トマスのことです。トマスは、イエス・キリストが復活したという噂を疑い、自分の目で見て確かめるまでは頑なに信じなかった、という聖書の記述に由来します。

Job’s comforter

善意がウザい人

Job’s comforter は、よかれと思っての慰めや励ましが逆効果・却って不快さを増す要因になってしまっているような人を指す言い方です。

Job は旧約聖書のヨブ記に登場するヨブのことです。Job’s comforter(ヨブを慰める者)は、同物語に登場するヨブの友人のことです。

ヨブ記ではヨブが信仰心を試されて人間的にいえば理不尽とも言いたくなるような苦難が与えられます。ヨブは苛まれながらも揺るがない信仰心を保ちますが、そこにヨブの友人が慰めに来て思慮のない言葉をかける……というお話が由来となっています。

rob Peter to pay Paul

借金して借金を返す

rob Peter to pay Paul は、借金の返済のために借金する(借りた金を返すために別の誰かから借りる)行為を、ひいては、そういう営みの無意味さを指す言い回しです。

より広い意味で「誰かのために誰かを犠牲にすること」という意味で用いられることもあります。

rob Peter to pay Paul という表現における Peter は新約聖書に登場する使徒ペトロであり、Paul は同じく使徒パウロ である、と解釈されることが多いのですが、これは必ずしも定説ではなく、「ピーターもポールもありふれた人名の代名詞に過ぎない」と位置づける解釈もあります。

the Midas touch

カネを稼ぐ力

the Midas touch は「成功する能力」、とりわけ「金を稼ぐ能力」を指す言い方として用いられる表現です。

Midas (ミダス王)はギリシャ神話に登場する伝説上の君主です。その手で触れたものを金に変える能力があった、という伝説があります。(神話的にはその能力は皮肉な結末をもたらします)

My brother had the Midas touch while I didn’t.
兄は成功する力を持っていたが私にはなかった

ちなみにミダス王は「王様の耳はロバの耳」のモデルでもあります。

Achilles’ heel

唯一の弱点

Achilles’ heel は「アキレスのかかと」、意味的には日本語の「弁慶の泣き所」と同じ表現です。(一見非の打ち所のない)人の(唯一とも言える)弱点・急所を指す言い方です。

アキレスはギリシャ神話に登場する俊足の神・アキレウスの異称です。アキレスは赤子の頃に母テティスによって冥界の川に浸され、その霊験によって不死の体を得たものの、川に浸る際に母がアキレスを掴んでいた足の腱の辺りだけは水に浸かっておらず、つまり不死にはなっておらず、結果アキレスは踵の腱を攻撃されたことで命を落とした、という伝説があります。

Freudian slip

フロイト的失言

Freudian slip は心理学の祖とされるジグムント・フロイトが提唱した説に基づく現象を指す表現です。すなわち、失言・言い間違いは、その人の本心や無意識的な願望の発露であるという観点に立脚して失言を捉える言い方です。

Oops, forget what I said. It was a Freudian slip.
おっと、忘れて。思ってることがつい口に出ちゃった

happy as Larry

無情の幸せ

happy as Larry は「この上なく幸せだ」といえる状況を軽く表現する際に用いられる言い回しです。very happy あるいは can’t be happier といった表現に連なる言い回しと言えます。

この Larry は1890年代に活躍したオーストラリアのボクサー・Larry Foley を指すと言われています。Larry は負けなしで、最高額の賞金を手にした際にニュージーランドの新聞が「Happy As Larry」と見出しを打った、それに因むと言われています。

Hobson’s choice

選択肢のない選択

Hobson’s choice は「選り好みの許されない選択」あるいは「0か100かの選択」といった意味で用いられる表現です。

この表現の由来はイギリスの馬貸しホブソンで、彼は馬を借りに来た客に馬を選ばせず、入り口に一番近い馬を借りるか、さもなくば馬を借りずに帰るか、という二者択一を迫ったという話がもとになっているようです。

I’m not gonna change for you, so take me or leave me. It’s a Hobson’s choice.
私は変わる気はないから、ありのまま受け入れるか別れるか。そのどちらかよ

the life of Riley

放蕩三昧

lead the life of Riley は「贅沢な暮らし」「苦労をせずに遊んで暮らすこと」といった意味で用いられる表現です。lead の代わりに live で表現される場合もあります。

Riley が誰で何者なのかは、特定されてはいないようです。 1880年代に活躍したコメディアンの歌に登場した「リッチでみんなにうらやましがられる Reilly」というキャラクターに由来するのだろうという説が有力です。

He got a huge amount of money from his father, He is now leading the life of Riley.
彼は父親から巨額の富を得た、彼はいま遊んで暮らしている

Rip Van Winkle

三年寝太郎

Rip Van Winkle は1820年代に発表された短編小説、および同作品に登場する主人公の名前です。同作は、主人公リップ・ヴァン・ウィンクルが眠りをむさぼっている間に20年の時が経過するという設定の話です。ということで Rip Van Winkle は「ものすごくよく眠る人」あるいは「時代遅れの人」といった意味で用いられます。まさにアメリカ版の浦島太郎、あるいは日暮熟睡男。

You love her music or you’re Rip Van Winkle.
彼女の音楽が好きじゃないなんて時代遅れだよ

 




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