日本語表現における「生」、たとえば「生卵」「生魚」「生クリーム」に「生パスタ」のような表現は、英語に訳しにくく注意を要します。日本語の「ナマ」が指す意味合いが、英語的には複数のニュアンスに細分化できるためです。
和英辞書の標準的な解釈では、食べ物の「生」の状態を示す英語は raw が基本です。が、すべての「生なんちゃら」食品が raw で表現できるとは限りません。「生」の意味合いを今一度よく噛んで味わってみましょう。
調理前という意味の《生》なら raw
「生肉」や「生卵」のように、調理加工されていない採れたままの状態の食材という意味では、raw で適切に表現できます。
raw の意味するところは、ケンブリッジ英英辞典の定義を借りれば「 (of food) not cooked 」。すなわち「調理されていない状態」です。
日本語の最も一般的な「生(なま)」の語義といえる「火を通していない」さまに対応する語と言えます。
raw は鮮度に左右されない
生の状態というと鮮度(新鮮さの度合い)が気になるところではありますが、raw の語そのものには「食材が採れたて新鮮か否か」という尺度は含まれません。生肉や生卵はどれほど傷んでも腐っても生肉・生卵です。
raw =新鮮とは限らない、ということで、raw food(ローフード)を食べる際には鮮度に注意を払いましょう。
「生= raw 」で表現できる例
- 生卵:raw egg
- 生魚:raw fish
- 生肉:raw meat
- 生牡蠣:raw oyster
新鮮という意味の《生》なら fresh
fresh は、raw とは逆で、調理加工の有無を問わない、そして鮮度を主な尺度として捉える場合に使える表現です。
あえて語弊を恐れずに極端な言い方をすれば、 fresh は「焼きたてピザ」や「揚げたてポテト」のような「調理後の料理の《鮮度》」も表現できる言い方というわけです。
「生= fresh 」で表現できる例
- 生野菜:fresh vegetables
- 生クリーム:fresh cream
- 生春巻き:fresh spring roll
- 生パスタ:fresh pasta
生野菜は「採れたてのままの野菜」という意味で raw vegetables と表現される場合もありますが、fresh vegetables の方が一般的な表現です。
生肉は非加熱状態ではどんどん傷んでいくこともあってか、raw も fresh もどちらも多く用いられます。ちなみに動物の肉そのものを flesh とも言います。
fresh meat は「新人」という意味もある
生肉は raw meat とも fresh meat とも言えますが、fresh meat は俗に「新顔」「新人」という意味合いで用いられる用法があります。語弊の懸念がある場合には raw で形容した方が無難でしょう。
日本語なら「新米」と言うところを英語で「新肉」のように表現する辺りは、文化差が感じられて興味深いところです。
raw も fresh も該当しない《生》の場合
日本語で「生」が付く表現の中には、英語の raw にも fresh にも該当しない例がいくつかあります。
日本語の「生」の意味合いを深掘りしてニュアンスを解釈する、という基本的な考え方は変わりません。ただし、場合によっては適当な英語表現が見当たらず、説明的に述べる必要に迫られる場合も出てきます。
「生水」は「煮沸していない水」
生水とは、湧水などをそのまま(沸騰させずに)飲用する、そのような飲用水を指す語です。英語で表現するなら「沸騰させていない水」「煮ていない水」という意味で unboiled water と表現しましょう。
「処理されていない水」という意味で untreated water と呼んでもよいでしょう。
生水を飲んだ後に気持ちが悪くなった
「生菓子」は「焼かれていない菓子」
生菓子は、餅や餡を用いて作られる、しっとりとした菓子類の総称です。基本的には、煎餅などの「干菓子」と対比される和菓子の区分ですが、生クリームや生の果実を使った洋菓子を指す場合もあります。
生菓子を干菓子と対比した場合、あるいは西欧のお菓子の基本といえるケーキやクッキーなどと対比した場合、生菓子は焼かずに(蒸すなどして)作るという点におおむね共通した特徴があります。その工程に着目した言い方としてJapanese unbaked sweet と呼ぶ言い方があります。
たとえば「生八つ橋」は、干菓子の「八つ橋」(焼八つ橋)と対比して、unbaked Yatsuhashi と表現される場合が多々あります。
fresh で表現する言い方もアリ
生菓子は日持ちせず、すぐに食べないといけません。その意味で fresh sweets あるいは fresh cake のようにも表現できます。
特に fresh cakes は、いわゆる生洋菓子を指す言い方としてなかなかに適切です。英語圏メディアでの用例もまま見られます。
「生チョコ」は「和風ガナッシュ」
生チョコ(生チョコレート)は、西欧から日本に伝わってきたというよりも、洋菓子を参考に日本で編み出されたと言った方が実情に近いお菓子です。
生チョコの原型は伝統的洋菓子(の材料)であるガナッシュ(ganache)に見出せます。ガナッシュと生チョコを同一視して扱ってしまうと、また誤解の余地が生じてしまいますが、ガナッシュを日本的にアレンジしたお菓子という意味で Japanese Ganache と表現する言い方はそこそこ無難でしょう。
日本独自の菓子と割り切ってしまって日本語の固有名として Nama-Chocolate と呼んでしまうのも手です。
「生ビール」は「樽出しのビール」
生ビールは、日本では「加熱処理を施していないビール」と定義されていますが、英語圏では「瓶詰めでない」「樽から注がれる」ビールという意味で用いられることの方が一般的です。
瓶詰めでない樽出しのビールは draft beer (ドラフトビール)もしくは tap beer と表現できます。ちなみに、瓶ビールは bottled beer といいます。
日本語表現の意味を振り返る姿勢も大切
日本語の言葉は往々にして、複数の異なる意味合いを包含しています。日本語を母語とする日本人は、そんな意味合いの多様性なんて特に意識せずに使いこなせます。「すみません」が謝罪なのか感謝なのかを明確に意識しながら述べる人なんて、そうそういません。
そういう事情がある以上、日本語の語彙を英語で表現し直す場面では、言葉を訳語を1対1のペアでのみ把握する方法には限界があります。言葉の表面的な意味合いではなく、言葉の内奥にあるニュアンスを英語に置き換える必要があります。
日本語に対する造詣を深めることも、英語の上達には欠かせない要素と言えるでしょう。